【Memorandum】ベトナム産Gnaphaloryx個体群について

 20年近くかけて漸く5頭というソリアシサビクワガタがある。個体群はベトナムの3産地から。入手は全て原産国直ルートを使用した。

f:id:iVene:20230930013050j:imageベトナム南部産。1頭のみで原価すらかなり高額だった。。此の系はタイでも希少だそうだが、ベトナムでもかなり物珍しいらしい)

f:id:iVene:20230930013058j:imageベトナム中南部産は3♂。此の個体群はあまり泥の付着がない。結構大きな個体もいる。同サイズでも体型にかなりの変異があるらしい。なお標本商の友人も過去に近しい地域産の♀を見つけたのだそう)

f:id:iVene:20230930013129j:imageベトナム中北部産。1頭のみ。Kriesche, 1920の他に記録はあるのか知らないけどアンナンの近しい産地の個体。残念ながら手元に北部産は無いがKrajcik, 2003に載るトンキン産や、Huang & Chen, 2013に載る雲南省南部の個体群は似る)

 「なるほど、其処で見分けられるのかな」となる観察結果。かなり希少らしく考察がやや難しい。

 分類屋の友人が南ベトナムに採集に行った際、此の系のクワガタムシが多産していそうな標高には、"クワガタのいそうな森林"が見つからなかったのだとか。

 一応近しい感じの既知分類群"Gnaphaloryx taurus tonkinensis Kriesche, 1920"が存在し、其れのタイプ個体は♀である。

f:id:iVene:20230930010829j:image(「Krajcik, 2003. Lucanidae of the world. Catalogue. Part Ⅱ. Encyclopaedia of the Lucanidae (Coleoptera: Lucanidae): 1-197,pl.1-10」より引用。この文献では型扱いなんだそうな。タイプ産地を"アンナンとトンキン"にしてシンタイプを2♀と書いてあり原記載の記述説明と一致しないけど、孫引き引用にありがちな誤解と考えられる)

 Kriesche, 1920は"アンナン(Phuc-Son)産1♀とトンキン(Than-Moi)産1♀の合計2♀を考察し、アンナン産がオパクスソリアシサビに似ており未決であるため広義のGnaphaloryx taurusに留めるがトンキン産は見た目が凄く違うから暫定的に亜種tonkinensisとする"とした(※なおKriesche氏の論述は時代背景を考慮したとしても恣意的な表現が目立ち、分類屋の友人もよく批判なされる)。Kriesche氏の使用した♀個体は一応私も実物を軽く観たけど一見した程度では判別が難しいような印象だった。

 また"Gnaphaloryx taurus"の分類について混乱のあった頃のNagel, 1926では"Lucanus taurus Fabricius, 1801 の記載に使用された(タイプと考えられる)個体を観察し、其れがソリアシサビクワガタでなくヒラタクワガタ系の仲間である事を突き止めた"とされ、現在のタウルスヒラタクワガタの種小名"taurus"が此れにて安定している。関わったスマトラGnaphaloryxについてNagel, 1926は代わりの学名を記載したが現在はシノニム扱い。

 友人達には他詳細の一部を知らせてあるが、どう考えるべきか未だ結論を出しにくいので、今回は敢えて考察を大幅に省略する。"オパクスソリアシサビじゃないの?"なんて聞かれそうだが、はてさて言葉を濁しておこう。まだまだ隠れた希少な生物は大自然の中に沢山いる。

【References】

Burmeister, H. C. C., 1847. Handbuch der Entomologie. Coleoptera Lamellicornia, Xylophila et Pectinicornia. Enslin. Berlin 5:1-584.

Nagel, P., 1926. Neues über Hirschkäfer. Entomologische Mitteilungen 15(2):116-120. 

Krajcik, 2003. Lucanidae of the world. Catalogue. Part Ⅱ. Encyclopaedia of the Lucanidae (Coleoptera: Lucanidae): 1-197,pl.1-10

Burmeister, H. C. C., 1847. Handbuch der Entomologie. Coleoptera Lamellicornia, Xylophila et Pectinicornia. Enslin. Berlin 5:1-584.

Fabricius, J. C., 1801. Systema Eleutheratorum secundum ordines, genera, species: adiectis synonymis, locis, observationibus, descriptionibus. Tomus II. Impensis Bibliopoli Academici Novi, Kiliae:1-687.

Huang. H. & C. C. Chen, 2013. Stag beetles of China II. 716pp., 140pls., Taiwan.

【追記】

 採集家から直接入手した生物資料と、転売屋の売る死骸ではデータの正確性について安心感が段違いに違う。

https://itainews.com/archives/2028939.html
、、、、、

 こういったデータの転売問題について"本気の科学者の方々"に時折相談してみる事がある。昆虫業界は一般的でないので、"生物体が転売される事"について驚かれる事が多々あった。

 一通り説明すると、"転売が重なるほどデータの真偽や正確性について責任の所在が曖昧化していく問題"、そしてまた"転売という手順を踏む事で、データ内容の真贋に関する責任と金銭的な責任が本質的に分離してしまうが気付かれにくく、データの正確性について問われる責任から逃れやすくなってしまう問題"に、瞬時に気付かれる科学者の方も結構おられる。

 こう考えると現地入りしている採集家から入手しておけば大抵は安心だが、転売屋からとなると途端に不安になる。真偽を判断出来ない場合が多い。一般的な"転売"に対する理不尽な値上がりや買占めのイメージだけでなく、資料の転売なんていう場合にはこういう厄介な問題がある。

 関連するような種記載などについても科学者の方々に相談すると驚かれる。

 一般庶民は社会通念で研究含め物事を捉えるが、科学者は"実験科学"のステージで"研究"を考える。

実験科学
 実験を研究の主な方法とする科学。思考および観察だけで行なわれる数学・天文学以外の自然科学の大半および心理学を含む。
※我邦現今の文芸界に於ける批評家の本務(1897)〈高山樗牛〉「美学は〈略〉之を帰納的に解釈する時は、実験科学の研鑽を必とす」
https://kotobank.jp/word/%E5%AE%9F%E9%A8%93%E7%A7%91%E5%AD%A6-521252

 例えば私がよく客になる標本商の友人も理系の出自ではないが数十年の苦節に亘るご活躍で自然に科学的センスを磨かれていて、議論していても"平均的な理系"の人達よりも科学的理解が早い。

 一般的な科学的理解も時代により変化はありうるので、研究ごとに其の時々において、"最も信頼性のある仮説"、"最も信頼性のある記録"、"最も信頼性のある手法"、"最も理に適った論理解釈"を揃えて結論を導きだす。比肩を取らないレベルの信頼性のある理論が構築出来ていれば、確率論的にも其の時点で最も信頼性の高い客観的理解として纏められる。簡単に言えば科学的に辻褄が合うという事。

 しかし不可欠なデータが一つでも抜け落ちたり、"致命的に採用すべきでない要素"を孕むと、信頼性が保証されない話になってしまう。例えば某SNSやマスメディアで学者先生含めやっている人達を大量に見かけたが"対人論証"なんかはかなりよろしくない。

対人論証

 論理学で、論点相違の虚偽の一。論者の地位・職業・経歴・性格・主義などを理由にして、論者の主張の真偽を判断しようとするもの。

https://kotobank.jp/word/%E5%AF%BE%E4%BA%BA%E8%AB%96%E8%A8%BC-557518

https://x.com/shibaworldkyon/status/1702667027436163147?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

(近頃?話題の宇宙人の真偽論争。あらゆる要素から考えてもフェイクにしか見えないが、こういう弱い話題を世界的なニュースで大々的に取り上げ真偽論争の壇上に上げる意味とは何なのか)

 ユーチューバーが金もうけのために詐欺をしようとしているのではないか

https://news.yahoo.co.jp/articles/a287f0656a8c143045710bb65ec7ba375a9e82c6

 他方最近の事、標本商の友人がよく知る産地の虫がヨーロッパ系の業者により出品されていたから試しに落札してみると、かなりの高確率で"故意に捏造された"と考えられるデータラベルの付いた虫個体が届いた。実例が増えるごとに「"転売屋だから信用ならない"とはつまりそういう事か」との理解が深まる。

 認知的問題として考える事の一つだが、要は転売屋のデータというのは"三人成虎"になっているものが結構ありうるという事。

https://x.com/zimkalee/status/1706496903121367177?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

https://x.com/amisweetheart/status/1707169767361261719?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 大切な事はウォレスの時代から全く変わっていない。

https://ivene.hateblo.jp/entry/2022/09/23/234046

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/07/14/010134