【Memorandum】ベトナム産Gnaphaloryx個体群について

 20年近くかけて漸く5頭というソリアシサビクワガタがある。個体群はベトナムの3産地から。入手は全て原産国直ルートを使用した。

f:id:iVene:20230930013050j:imageベトナム南部産。1頭のみで原価すらかなり高額だった。。此の系はタイでも希少だそうだが、ベトナムでもかなり物珍しいらしい)

f:id:iVene:20230930013058j:imageベトナム中南部産は3♂。此の個体群はあまり泥の付着がない。結構大きな個体もいる。同サイズでも体型にかなりの変異があるらしい。なお標本商の友人も過去に近しい地域産の♀を見つけたのだそう)

f:id:iVene:20230930013129j:imageベトナム中北部産。1頭のみ。Kriesche, 1920の他に記録はあるのか知らないけどアンナンの近しい産地の個体。残念ながら手元に北部産は無いがKrajcik, 2003に載るトンキン産や、Huang & Chen, 2013に載る雲南省南部の個体群は似る)

 「なるほど、其処で見分けられるのかな」となる観察結果。かなり希少らしく考察がやや難しい。

 分類屋の友人が南ベトナムに採集に行った際、此の系のクワガタムシが多産していそうな標高には、"クワガタのいそうな森林"が見つからなかったのだとか。

 一応近しい感じの既知分類群"Gnaphaloryx taurus tonkinensis Kriesche, 1920"が存在し、其れのタイプ個体は♀である。

f:id:iVene:20230930010829j:image(「Krajcik, 2003. Lucanidae of the world. Catalogue. Part Ⅱ. Encyclopaedia of the Lucanidae (Coleoptera: Lucanidae): 1-197,pl.1-10」より引用。この文献では型扱いなんだそうな。タイプ産地を"アンナンとトンキン"にしてシンタイプを2♀と書いてあり原記載の記述説明と一致しないけど、孫引き引用にありがちな誤解と考えられる)

 Kriesche, 1920は"アンナン(Phuc-Son)産1♀とトンキン(Than-Moi)産1♀の合計2♀を考察し、アンナン産がオパクスソリアシサビに似ており未決であるため広義のGnaphaloryx taurusに留めるがトンキン産は見た目が凄く違うから暫定的に亜種tonkinensisとする"とした(※なおKriesche氏の論述は時代背景を考慮したとしても恣意的な表現が目立ち、分類屋の友人もよく批判なされる)。Kriesche氏の使用した♀個体は一応私も実物を軽く観たけど一見した程度では判別が難しいような印象だった。

 また"Gnaphaloryx taurus"の分類について混乱のあった頃のNagel, 1926では"Lucanus taurus Fabricius, 1801 の記載に使用された(タイプと考えられる)個体を観察し、其れがソリアシサビクワガタでなくヒラタクワガタ系の仲間である事を突き止めた"とされ、現在のタウルスヒラタクワガタの種小名"taurus"が此れにて安定している。関わったスマトラGnaphaloryxについてNagel, 1926は代わりの学名を記載したが現在はシノニム扱い。

 友人達には他詳細の一部を知らせてあるが、どう考えるべきか未だ結論を出しにくいので、今回は敢えて考察を大幅に省略する。"オパクスソリアシサビじゃないの?"なんて聞かれそうだが、はてさて言葉を濁しておこう。まだまだ隠れた希少な生物は大自然の中に沢山いる。

【References】

Burmeister, H. C. C., 1847. Handbuch der Entomologie. Coleoptera Lamellicornia, Xylophila et Pectinicornia. Enslin. Berlin 5:1-584.

Nagel, P., 1926. Neues über Hirschkäfer. Entomologische Mitteilungen 15(2):116-120. 

Krajcik, 2003. Lucanidae of the world. Catalogue. Part Ⅱ. Encyclopaedia of the Lucanidae (Coleoptera: Lucanidae): 1-197,pl.1-10

Burmeister, H. C. C., 1847. Handbuch der Entomologie. Coleoptera Lamellicornia, Xylophila et Pectinicornia. Enslin. Berlin 5:1-584.

Fabricius, J. C., 1801. Systema Eleutheratorum secundum ordines, genera, species: adiectis synonymis, locis, observationibus, descriptionibus. Tomus II. Impensis Bibliopoli Academici Novi, Kiliae:1-687.

Huang. H. & C. C. Chen, 2013. Stag beetles of China II. 716pp., 140pls., Taiwan.

【追記】

 採集家から直接入手した生物資料と、転売屋の売る死骸ではデータの正確性について安心感が段違いに違う。

https://itainews.com/archives/2028939.html
、、、、、

 こういったデータの転売問題について"本気の科学者の方々"に時折相談してみる事がある。昆虫業界は一般的でないので、"生物体が転売される事"について驚かれる事が多々あった。

 一通り説明すると、"転売が重なるほどデータの真偽や正確性について責任の所在が曖昧化していく問題"、そしてまた"転売という手順を踏む事で、データ内容の真贋に関する責任と金銭的な責任が本質的に分離してしまうが気付かれにくく、データの正確性について問われる責任から逃れやすくなってしまう問題"に、瞬時に気付かれる科学者の方も結構おられる。

 こう考えると現地入りしている採集家から入手しておけば大抵は安心だが、転売屋からとなると途端に不安になる。真偽を判断出来ない場合が多い。一般的な"転売"に対する理不尽な値上がりや買占めのイメージだけでなく、資料の転売なんていう場合にはこういう厄介な問題がある。

 関連するような種記載などについても科学者の方々に相談すると驚かれる。

 一般庶民は社会通念で研究含め物事を捉えるが、科学者は"実験科学"のステージで"研究"を考える。

実験科学
 実験を研究の主な方法とする科学。思考および観察だけで行なわれる数学・天文学以外の自然科学の大半および心理学を含む。
※我邦現今の文芸界に於ける批評家の本務(1897)〈高山樗牛〉「美学は〈略〉之を帰納的に解釈する時は、実験科学の研鑽を必とす」
https://kotobank.jp/word/%E5%AE%9F%E9%A8%93%E7%A7%91%E5%AD%A6-521252

 例えば私がよく客になる標本商の友人も理系の出自ではないが数十年の苦節に亘るご活躍で自然に科学的センスを磨かれていて、議論していても"平均的な理系"の人達よりも科学的理解が早い。

 一般的な科学的理解も時代により変化はありうるので、研究ごとに其の時々において、"最も信頼性のある仮説"、"最も信頼性のある記録"、"最も信頼性のある手法"、"最も理に適った論理解釈"を揃えて結論を導きだす。比肩を取らないレベルの信頼性のある理論が構築出来ていれば、確率論的にも其の時点で最も信頼性の高い客観的理解として纏められる。簡単に言えば科学的に辻褄が合うという事。

 しかし不可欠なデータが一つでも抜け落ちたり、"致命的に採用すべきでない要素"を孕むと、信頼性が保証されない話になってしまう。例えば某SNSやマスメディアで学者先生含めやっている人達を大量に見かけたが"対人論証"なんかはかなりよろしくない。

対人論証

 論理学で、論点相違の虚偽の一。論者の地位・職業・経歴・性格・主義などを理由にして、論者の主張の真偽を判断しようとするもの。

https://kotobank.jp/word/%E5%AF%BE%E4%BA%BA%E8%AB%96%E8%A8%BC-557518

https://x.com/shibaworldkyon/status/1702667027436163147?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

(近頃?話題の宇宙人の真偽論争。あらゆる要素から考えてもフェイクにしか見えないが、こういう弱い話題を世界的なニュースで大々的に取り上げ真偽論争の壇上に上げる意味とは何なのか)

 ユーチューバーが金もうけのために詐欺をしようとしているのではないか

https://news.yahoo.co.jp/articles/a287f0656a8c143045710bb65ec7ba375a9e82c6

 他方最近の事、標本商の友人がよく知る産地の虫がヨーロッパ系の業者により出品されていたから試しに落札してみると、かなりの高確率で"故意に捏造された"と考えられるデータラベルの付いた虫個体が届いた。実例が増えるごとに「"転売屋だから信用ならない"とはつまりそういう事か」との理解が深まる。

 認知的問題として考える事の一つだが、要は転売屋のデータというのは"三人成虎"になっているものが結構ありうるという事。

https://x.com/zimkalee/status/1706496903121367177?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

https://x.com/amisweetheart/status/1707169767361261719?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 大切な事はウォレスの時代から全く変わっていない。

https://ivene.hateblo.jp/entry/2022/09/23/234046

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/07/14/010134

【Memorandum】"Gnaphaloryx miles var. laticornis Boileau 1903"(?)

 過去に変わったソリアシサビクワガタを2頭手にする機会があった。詳細は公表しないがニューギニア島に近い離島の産。

f:id:iVene:20230918224425j:image(初見時は「そんな場所にミレス?」と意外さを感じた)

 一見ミレスソリアシサビクワガタに似るも、頭部の前方に伸びる角状突起は比較的太く、基部内歯の出方も異なるらしい。

 調べてみるとそっくりな外見の、ニューギニアを基準産地とする既知分類群"Gnaphaloryx miles var. laticornis Boileau 1903"が記載されてあった。

f:id:iVene:20230918204357j:image(「Mizunuma, T., & Nagai, T. 1994., The Lucanid beetles of the world. Mushi-Sha Iconographic Series of Insects. H. Fujita Ed., Tokyo 1:1-338.」より引用。"Gnaphaloryx miles var. laticornis Boileau 1903"タイプ個体)

 記載以後、ニューギニア本島から同型の個体群が見つけられてある記録や例は自身では見知らない。

 実検の叶った個体群は離島のものだが現行の西パプア州の中にある島々の一つ。フライ川とされる基産地とは結構離れるが、此の類のグループは分化があまり激しくない。ううむ。。

 スラウェシやハルマヘラの基本的なミレスソリアシサビクワガタと見比べると、どうも交尾器サイズに差異があるように見えた。もう少し個体数を見たいところだが、もはや厳しいかもしれない。。

【References】

Boileau H. 1903., Description sommaires de Dorcides nouveaux. Bulletin de la Société entomologique de France 1903: 109-111.

Mizunuma, T., & Nagai, T. 1994., The Lucanid beetles of the world. Mushi-Sha Iconographic Series of Insects. H. Fujita Ed., Tokyo 1:1-338.

【追記】

 "Gnaphaloryx miles var. laticornis Boileau 1903"は"タイプデータが間違いのミレスソリアシサビのシノニム"と考える人達も結構いた。

 しかし実際にタイプ産地に寄る地域から見つけられ外形は特異的、さらには独立種の可能性が高くすらあった。

 こういう生物種は、やはり現地入りして調べる人達によって見つけられ、"生物として実在する事の再現性"を確認される。其の過程が結果の一部として科学的に重要であったりする。

 しかし此れまた未同定時に底値だったものだから、また採集されるかもと考え2頭中の小型1♂は分類屋の友人に譲った。しかし其れ以降全く採集されなくなってしまった。判断が難しいがフロックだったのかもしれない。

【雑記】

 虫の事に限らないが、何でも情報を得やすい時代でキリが無い気分もある。

 iNaturalistなんかは同定ミスに目を瞑むれば、私みたいな人間には便利過ぎて驚くばかりのソーシャルサービス。一昔前はこんなに便利なものが出てくるとは想像もしていなかった。ただ標本商の友人などは"便利な一方で苦せずして観察データを取得出来てしまう現状"を危惧される。

 ただまぁいつかは情報の流れも鈍化する時代は来る。其れがいつになるかは分からないが。。

、、、、、

 流れの鈍化というと"バブル崩壊"を思い出すが、バブル景気を"バベル景気"、"バブルの塔"等と駄洒落チックに揶揄していた人達を見た事も懐かしい。

https://www.abaxjp.com/babeltower/babeltower.html

 実態的でない理想ありきで現実社会の経済を天井知らずに回されようとしていた事が揶揄される。

 日本国内だとオウム真理教創価学会などが勢いづき問題視されやすかった頃、そういう流れが世の中の動きを一部支配していた覚えがある。近年では勝共連合共産党系が久々に悪評を集める。

https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A_%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E3%81%8C%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%97%E3%81%9F%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%95%8F%E9%A1%8C

(そういえば昔、木曽福島の某お好み焼き屋に行った際に公明党の選挙ポスターがデカデカと貼られていて異様な雰囲気だった事を思い出す、)

https://x.com/himasoraakane/status/1701188519090348216?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

バブル経済(bubble economy)とは
 バブルは「泡」という意味で、実態の価値以上の評価(泡の部分)が生じている経済状態のこと
 具体的には株、土地、建物、絵画、宝石など各種の資産価格が、投機目的で異常に上がり続け、その結果、それらの資産額が膨らみ、大きな評価益が発生しているかのように見える状況のこと。
 最近の日本では1980年代後半から1990年代初頭までが相当する。1980年代後半の金余りを背景に、地上げによる土地や財テクブームに乗って、地価や株価が高騰。東京株式市場の売買額が世界一になり、ノンバンクも含めた土地関連銀行融資の激増、リゾート法の改正などが相次いだ。
 このバブル経済は、その後の金融引き締めや不動産融資規制により、1990年頃には地価の下落、株価の下落へと向かった。
https://www.shiruporuto.jp/public/document/container/yogo/h/bubble_keizai.html

バベルの塔
Tower of Babel
 『旧約聖書』の「創世紀」第11章に出てくる塔
ノアの子孫が天に届く塔を築こうとしたため神の怒りにふれ,言語を不統一にして混乱を起こさせ,建築を中止させたといわれる。これは各国語の存在を神話的に説明したもの。バビロンほかメソポタミアの諸都市には,バベルの塔の原型とされるジッグラトが残っている。中世以来,絵画の題材としてしばしばとりあげられている。
https://kotobank.jp/word/%E3%83%90%E3%83%99%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%A1%94-116156

 キリの無い、終わりの無いものというと何でもそうという感じもするが、とりわけ節目を感じないものに最近流行りの"ソーシャルゲーム"が真っ先に思い浮ぶ。ヒットしているゲーム含めシナリオに終わりがなく、延々とプレイし続けられるゲーム。其れにアプリ内課金システムがあり、ゲームの運営会社は其れを資金にゲームを運営しているらしい。

http://www.gamecast-blog.com/archives/65816413.html

 プレイヤーが終わらないゲームを遊び続けるのはハムスターが回し車の中で走っているのに似ている。しかしゲーム内の課金額がヤケに高額過ぎやしないかと気がかりになる。ソーシャルゲームの運営費は結構かかるらしいが、かなり危ない課金の仕方をしている人達も見かけられる。。

https://itainews.com/archives/2024472.html

https://itainews.com/archives/1990796.html

https://yorilog.livedoor.blog/archives/32259718.html

 一応触ってみると買切り系ゲームに比べ操作性は低く、やはりシナリオの薄いものが多数を占める。チュートリアルで飽きるか、無意味な義務感を感じるデイリーが惰性になって飽きる。また"ガチャ"では最高レア(URやSSRあるいはユーザーに"人権"と呼ばれるキャラクター)を引かないとマトモなプレイにはしづらいが、ノーマルレアリティばかりが排出され、最高レアの排出率は渋いと噂のソーシャルゲームが結構ある。一応は法律で排出率の併記が義務付けられているが、問題の軸は常に博打にある。

https://wired.jp/series/game-business-battle-royale/the-gacha-problem-005/

 運営会社は無課金ユーザーと課金ユーザーを共存させるために色々戦略を立てているらしいが、とりあえず大体のゲームに課金圧でシナリオを進めにくい部分が多数あって萎える。

https://netaemon.com/p-1185/

 課金に関わる"ガチャ"も運営側の不正がバレたゲーム会社も幾つもあるらしい。此の業界もブラックな部分があるんだろうか。

https://areablue.jp/2020/05/31/post-18326/

【Memorandum】真のメラスマルバネクワガタはインド・ナガランド産のものなのか

 カスタノプテルスマルバネクワガタについて網羅的に調べようとしていた折、標本商の友人がインド・ナガランドで似た個体群を見つけていたらしい事を知った。カスタノプテルスに似てはいるが、なんだか異様な体型に見える。しかも黒化型も見つかっているらしかった。

f:id:iVene:20230917210655j:image(インド・ナガランド産のカスタノプテルスマルバネに似た♂個体。大顎は短く、前脚は細くケイ節外棘は突出が弱め、前胸は幅が比較的狭く、エリトラは卵形的で長め)

 ナガランドというと、西方には有名なメガラヤがあり、南方はマニプール、北東はミャンマーに近い。

 標本商の友人に「個体数が無いから1頭で我慢して!」と言われ、とりあえず1♂発注させてもらい実物を観ればやはり変わっている事が分かった。ナガランドでは此の系統のマルバネクワガタが異常に少ないらしい。。

 ナガランドのクワガタムシ群は種層が周辺地域ほど厚くないが、生物種層の構成は結構変わった感じらしかった。ただし調査コスパがキツいエリアだったらしく、標本商の友人は"もう行かないかも、、"と仰る。ここでは公表しないが、詳細産地を聞けばかなりの奥地で「そんな所まで行ったの?!」と驚くようなポイントだった。同地では同時期に僅か数頭だがサンダースマルバネクワガタも採集されたそう。

f:id:iVene:20230917212425j:image(インド・ナガランド産サンダースマルバネクワガタ♀。前述のカスタノプテルスマルバネ似のものと同時期に採集された個体。やや赤味がある。ダージリン周辺地域では♀が少ないらしいがナガランドでは♂と同じくらいの割合だそうな。しかしナガランド産は全体的に少ない)

 しかし"インド・ナガランド"というと昔からクワガタムシ科等の昆虫が多数採集されてきた事がデータ上で散見される。カスタノプテルスマルバネ等の既知記録も全く無い訳では無さそうと考え調べてみると、"Neolucanus castanopterus var. melas Didier, 1930"がインド・ナガランドとインド・マニプールから記載されていた。

 "メラスマルバネクワガタ"とは何か。一時的にシノニム扱いだったのをミャンマー産を基に復活され、今やカスタノプテルスマルバネクワガタとよく近似しているのに別種扱いでどうも気になる。原記載ではカスタノプテルスマルバネクワガタの一型として記載された(※現行の命名規約で"亜種"と見做される年代に記載された"型")。

f:id:iVene:20230917205813j:image

f:id:iVene:20230917205816j:image(「Nagai, S. 2000. Twelve new species, three new subspecies, two new status and with the checklist of the family Lucanidae of northern Myanmar. Notes on Eurasian insects No.3 Insects :73-108.」より引用。此のプタオ産♂個体はナガランド産個体群に比べ大顎が微妙に細長い、前胸が幅広、前脚ケイ節外棘が突出気味、エリトラはそこまで長くない。肩部は脚と重なって見えてしまい比較しづらい。此のプタオ産については亜種キンラミとは微妙な差異に見え、生物学的に亜種以上の区別が出来ない可能性もありうる)

 前述の通り日本の文献等では永井氏による学名復活の起用以降、ミャンマー北部から見つかってきた暗色傾向のものがそうだろうとされてきた。

 永井氏はメラスマルバネの原記載の記述内容と合うとしてミャンマー北部産に其の学名を充てたが、私はタイプ個体をチラと見た事があり、どうも体型が異なる事に違和感を持っていた。大顎は閉じていたが短く、体型ももう少し細身な印象だったのだ。

 メラスマルバネクワガタは基準産地をインド・ナガランドとする後出記載と、インド・マニプールとする後出記載があって混乱するが、原記載を参照すればタイプは♂個体がナガランド産で、♀個体がマニプール産とされている事が解る。

 ナガランド産やマニプール産は、満足に文献に載る図が無い。また割と産地の近いインド・メガラヤ産などとメラスマルバネのタイプ個体とは全く印象が異なる。

 ナガランド産カスタノプテルスは黒化型もいるらしい。他の個体群も観る限り型は細長い。もしや新たに採集されたナガランド産個体群こそが真のメラスマルバネクワガタではないのかとの思考がよぎる。

、、、、、、

 他産地に比べても、ナガランド産はとりわけ滅多に採集されないらしい。私が支払った代金はカスタノプテルス系としてはズバ抜けて最高額だったが、其の希少性と標本商の友人がかけられた労力を考慮した。

 ナガランド〜マニプールのクワガタ群は、ミャンマー・チンヒルと共通するものが多い。チンヒル産のカスタノプテルスマルバネもやや変わった感じだが、前脚ケイ節の棘列の突出具合などがナガランド産と異なる。なおチンヒル産は既知の分類群か否かいまいち分かっていない。

 永井氏によるメラスマルバネクワガタの分類復活は、やや教条的な部分があって誤りを含む可能性が高いと考えられ、またナガランドで得られた個体群とメラスマルバネのタイプ個体の一致率から、"ナガランド産でカスタノプテルスマルバネクワガタに似る生物集団が真のメラスマルバネクワガタである可能性が高い"との考察結果が導き出された。自身で確認したナガランド産カスタノプテルス系オス個体の交尾器は陰茎部が小さい比率をしていたが、僅かな観察であるため此の程度の差異はカスタノプテルス種の変異内である可能性も否めない。

 ではミャンマー北部産の"メラスマルバネ"とされる個体群は何だろうか。ミャンマー北部〜雲南北西部で見られるいわゆる"亜種キンラミ"とされる生物集団は大型になりやすく特異的な体型になるが高標高に分布する亜種と考えられる。永井氏が示したプタオ産は標高2500mで得られたものらしいが、"亜種キンラミ"の黒化型かもしれない。カチン州チュドラジでも暗色型は見つけられている。

 ミャンマー北部ではカチン州からザガイン管区まで中標高で見られる比較的円っこい個体群が"メラスマルバネ"と一般的に呼称される型を呈し、カスタノプテルスマルバネの一亜種と考えられる。この生物集団は雲南南西部の中標高で見られる個体群にもよく似ており、また雲南南西部産は既知の分類群の原記載で一致率の高いものがある。

【References】

Didier, R., 1930. Étude sur les Coléoptères Lucanides du globe. XI. Descriptions de Lucanides nouveaux ou peu connus de la Famille des Odontolabinae. Librairie Speciale Agricole, Paris Fascicule 7:141-150.

Nagai, S. 2000. Twelve new species, three new subspecies, two new status and with the checklist of the family Lucanidae of northern Myanmar. Notes on Eurasian insects No.3 Insects :73-108.

【追記】

 カスタノプテルスマルバネクワガタ等は生物を考える上で分化の自然史を理解させてくれるロマンの深いグループであるが、"タイ産"等含めいかんせんデータの問題がつきまとう。考察にはやはり正確なデータのものを揃えたい。

https://itainews.com/archives/2028740.html

 友人達ともデータについて長らく議論してきたが"やっぱり転売屋の話は不安が多い"という結論になりやすい。

https://x.com/kakitumi/status/1700156389832741142?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 虫がマネーロンダリング的に扱われていそうな話もあり、欺瞞が付き纏う。マネロン下の商業は画餅で全く参考にならない。

https://x.com/campaign_otaku/status/1701942213490716722?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 世の中を考える上で"認知科学"というものもある。データを考える上でも、"信用できるデータ"と"そうでないもの"は明確に分けて考えられなくてはならない。

https://www.jcss.gr.jp/about/whats_cogsci.html

 科学的研究は"実験等で其れをやる研究者達だけが知る事実"みたいな物事も多くあり、其の認知的問題を軽減するため世に出される科学論文でも、手法を含め或る程度は情報が公開されてある。其れでも減らない問題もあるが。。

https://nazology.net/archives/107875#

【雑記】

 未知エリアの開拓的調査となると普通ではないコストがかかるようになる。其の振れ幅は現地の物価や情勢に左右される。新種が膨大に眠っていそうな場所などはレアケースなものの目をつけられる場所は、大規模な調査ともなって旅費以外にも現地人達の雇用費などかなりかさみ、金銭的な部分以外の労力も大変なものになりやすい。

 他方、ネタが古くなった産地は現地人がインターネットを介して短期的だが商売をやるようになり大抵現地値で売られる(※オークションでもない)。日本国内でもそうだが"虫"は生活の場の隣にいるので、積極的にお金儲けの手段にする現地人達は一部地域を除いて大変少ないから底値的。

f:id:iVene:20230917204541j:imageニューギニア島ティミカ産のゲストロホソアカクワガタ。此の個体は幸運にも未同定時に3ドルで入手したものだった。普通は希少と考えられ高額で売買されるが、入手当時の原価はそういうものだった。希少種は能動的に採集しようとなると旅費や希少性の制約でかなりの費用がかかる。費用を補うため、普通種が底値に近い代わりにこういう種に高値が付けられる)

 長年に亘り現地入りする邦人採集家などが高く評価されるのは、やはり"データの信頼性"が一番大きい要素。私なんかが現地採集家達に対して考えるリスペクトはそこにある本質の部分だったりする。

【Memorandum】正体不明のクワガタムシについての例3

 2022年に採集されたPrismognathus sp. :オニクワガタ属不明種。当記事で産地データの公開は控えるが、iNaturalistで探すとデータに近い場所で外形のよく似た個体の観察記録が見つかる。同産地では他種は多数見かけるものの、此のオニクワガタ不明種だけは見かけない。

f:id:iVene:20230829182238j:image(オニクワガタ属不明種。中国四川省のシャンオニクワガタによく似るも、産地は結構離れる)

 此の不明種について自身で行なった実物の観察が未だ1例であるため確かな事は言えない。産地から少し離れた周辺域に、近似したオニクワガタ属分類群の分布が幾つかあり、実物資料やタイプ画像資料と比較したところでは未記載別種の可能性が高いと考えられた。

 比較用の近似種群を全て揃えていないと分類が解らない生物集団もありうる。ただ其れ等も今回の事例のように希少種ばかりだと分類難易度が更に増す。

【追記】
 網羅的に比較しないと分化に気付かれない生物種というのも結構存在する。

 しかし狙って見つけようと考えるのは博打的過ぎる。

https://kotozare.way-nifty.com/3/cat24103888/index.html

 見つけるには全て準備が整った状態が理想的。

【雑記】

 大英博物館で長期間に亘り所蔵物が盗難されていた等云々分かったらしい。

https://news.livedoor.com/article/detail/24877942/

 対策はどうするのかな。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_64dec14ae4b02dac6d5ec0a5

 管理責任者の仕事が低品質だったと。

https://news.yahoo.co.jp/articles/02e77c0b413bef35349e9bca7c8abef62e7dbf56

 かなり長期間に亘り盗難されていたという事は、"管理が甘い実態"が盗っ人連中には有名だったのかも?

https://artnewsjapan.com/article/1478

 "元々盗難品が展示されているだけ"と考える人達も沢山いる。

https://www.bbc.com/japanese/66631724

 目録が無いのは痛い。随分長い間放置されてきたんだろうけど、其のあいだ誰も目録を刷新して作ろうという発想にならなかったのも不思議な話。

https://www.bbc.com/japanese/66625902

 どの博物館にしてもそうだけど、仕事ぶりが不透明で分からない部分が多いという実態が、良くない事が起きやすい環境を作り出しているのかもね。

https://x.com/britannia_ball/status/1695737755597414429?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

【Memorandum】分類の難しい例、ペラルマトゥスマルバネクワガタ

 長年に亘り悩んできた分類群例としてNeolucanus perarmatus Didier, 1925:ペラルマトゥスマルバネクワガタがある。人間が問題を引き起こして訳が分からなくなっている分類群というよりも、生物学的に種内分類の解釈が困難な分類群として。

 N. perarmatusラオスを基産地とされ、中国南東の広いエリアからベトナム北部(タムダオ、カオバン等)〜ベトナム中部等で分布が見られる。なお原記載では「"ラオス1913年"との産地ラベルが貼られているが正確な産地は不明である」と注記され、福建省産の♀を同種だろうと記述される。一昔前は普通種扱いで割と沢山見かけたが、いつの間にかあまり個体数を見なくなった。

 一般的には中国産を亜種"Neolucanus perarmatus goral Kriesche, 1926"と分け、ベトナム産を原亜種とする人をよく見かける。N. perarmatus Didier, 1925の♂タイプ図は59mmの短歯型で曖昧な判断だが体格はベトナム産にやや似る。

 過去に目にしたラオス産の個体群は中国産に似ていたため、一般的な分類には説得力が欠けているが、今回は其れよりもグルーピングについて考えるというもの。中国産とベトナム産のN. perarmatusは亜種以上に違うと言えるのか否か。

 此の分類群については"少ないながら見分けのつかない個体が散見される。地域変異かも?"との話をよく見聞きした。実際どうなのか。

 比較のために用意した中国産は長年お世話になっている上海の標本商など幾つかの現地ルートを頼り広西荘族自治区産、広東省産、貴州省産を揃え、ベトナム産についても幾つかのベトナム現地ルートから入手した個体群をメインに使用した。

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 一般的に"ペラルマトゥスマルバネクワガタ"というと同属最大種であり、大顎のよく伸び特徴的な中間内歯を備える中国産の大歯型♂を見る事が多く、其れがイメージとして思い浮かびやすい。

 そしてベトナム北部産は比較的大柄な体格で、大型で大顎が良く発達した方でも、大抵の場合は中国産で見られる中歯〜準大歯に似た型になる。一方でベトナム中部産の大顎は、中国産のような型になりやすい。

f:id:iVene:20230822002857j:image(中国各地の個体群。スレンダーで大顎の発達が良い)

 ここでなぜ中国産とベトナム産が分けられているかというと、"上翅などの光沢に差異があるから"と言われる事がある。ベトナム中部産は確かに光沢の強い個体群ばかりだが、ベトナム北部産は光沢の強い個体群と、中国産と同等の光沢のものが見られる。

 中国産とベトナム北部産では体格に結構な差異があるので別種か否か確認するため交尾器形態の比較もしてみたが、地域的な傾向は見られるものの変異幅が広く全く見分けられない個体群が見られ同種と考えられた。ついでにベトナム中部産も同種だった。

 ベトナム北部産で"完全大歯"と勘違いされやすい大歯型はベトナム中部産でも見られ、他細部の比較でもベトナム中部産とベトナム北部産では明瞭な差異が無いと解る。ベトナム中部では限界型に近い大歯が現れやすいらしい。

f:id:iVene:20230822000243j:imageベトナム北部各地産。比較的大柄の体格。手元の最大♂は78.6mm)

 ベトナム北部産は殆どの個体で脚も太い傾向。しかしベトナム中部や中国産とは連続的な変異で、腹面や側面などを見比べても、体格に対する比率では大顎以外で見分けられる点が明瞭では無い。短歯オスやメスでも傾向は見られるが、どうもハッキリしない。ううむ。。

f:id:iVene:20230822003003j:imageベトナム中部産。大顎のパターンは様々で体表の光沢が強い。此の産地の個体群は大きくなるほど大顎が長くなる。特異的な感じはするが北部にも同様の個体が見られる)

 そんな感じで悶々と悩んでいた所で、大層面白い個体に出会した。ベトナム北部に何度も足を運び現地調達を行ってきた標本商の友人が、ベトナム北部産から大顎の発達が抜きん出て良い1♂個体を出品されていたのだ。

 標本商の友人は"ペラルマトゥスの分類はよく分からん"と仰られていたが、かなり面白い型の個体だった。右側の上翅に大きく亀裂が入るなど不完品であるものの、中国産でよく見られるような印象の大歯に、ズングリとした体格のオス個体。一目で"見た事の無い異様な個体"と理解し発注する事にした。標本商の友人については現地調達の実績を私自身よく知るところなので、データについて信用がある。加えて個体そのものの発生形態から、"ベトナム北部産"としての信頼性がかなり高い。脚部から大顎まで、中国産では見た事のない体比率だった。

f:id:iVene:20230822000402j:imageベトナム北部カオバン産2007年採集77.5mm♂個体。ベトナム北部産らしくゴツい。しかし大顎はよく発達する。N. perarmatusを延々と考えていると、とてつもない型と解る。当記事では便宜上"限界型"・"限界大歯型"と呼称する)

f:id:iVene:20230822000413j:image(大顎側面。中間の縦状内歯が良く発達する)

f:id:iVene:20230822000416j:image(頭部背面後方から。中間内歯は内側へ伸びる)

 其の友人の"マイコレ"だったらしく、資金難で泣く泣く出品されたらしかった。もちろん友人の手元にも似た型は"完品の1個体"が残されてあるらしかったが、つまり数十年かけて沢山調達したなかの僅か2頭のうちの一頭。大変希少な個体だった。しかし何度か即売会で並べても誰も見向きもしなかったらしい。「見た目が中国産でよく見る印象だから皆眼中に入らなかったのかも?」なんて考えられた。

 分類考察のため、友人の持つもう1オスの限界型も見せてもらうと、また興味深い事が解った。更にスレンダーで中国産の型に酷似していたのだ。現地調達した際の詳細も教えてもらい、確かにデータについて疑いようが無いと理解した。N. perarmatusについて延々悩んできた自身の経験上ここまで驚いた事もなかなか無い。其れ等の限界型よりも更に大きな準大歯も複数有る。母数は不明瞭だが結構な数は見た覚えがあり、限界大歯の出現率はかなり低いと考えられそう。

 中国産では80mm辺りの同種個体群はまあまあ見られたが、ベトナム北部産だとなかなか75mmを越さない。ベトナム北部産で最大に近い平衡域サイズでは様々な型になるためヴァリエーションを考察する上では面白いが、大型個体は希少性がネックになる。

 他方、"イエンバイ産"として転売屋の出品でスレンダーな限界型が見られた事もあったが、其の出品時期には明らかにベトナム中部産とベトナム北部産をコンタミさせていた現地業者がいた為あまり信用していない。

 標本商の友人によれば、大歯が見られるのはカオバン産で、タムダオ産では準大歯になるものすら皆無らしい。

 友人達と悩みながらかなり時間をかけて比較を行ったが、観察では"ベトナム北部〜中部産と中国産では地域差、つまり亜種よりも低位の実態である可能性が高い"と考察した。遺伝学的にも、こういった地域変異の例がある事は普通に考えられる。はてさて、しかし此の分類は難易度が高い。他の観測者等はどう分類を考えるか。

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/03/16/075141

【References】

Didier, R., 1925. Description d’une espèce nouvelle de Lucanides. Bulletin De La Société Entomologique De France 1925:262-266.

Kriesche, R., 1926. Neue Lucaniden. Stettiner Entomologische Zeitung 87:382-385.

【追記】

 "分類学"について、微妙な分類に挑戦し個人の名を売るのに利用しようとする人達は昔から沢山いるが、大量情報社会である今代に"売名行為"はあまり効果をなさない。目に見えてクオリティの問題が付く事も増え、"論文"というキーワードも迫力を落としてきてしまっている。

https://x.com/satetu4401/status/1690670452824248320?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 ただ私的な感覚として、未開拓地域の現地調査など多大な労力をかける人達の名くらいは通って欲しいという願いはある。暗中模索の採集活動から、現地採り子の教育など、新地開拓的な調査には相当の技術力と労力をかける必要がある。

https://news10090501.blog.ss-blog.jp/2010-12-02

 しかしそんな活動をしてきた人達ですら今の時代では四苦八苦してきている。そもそも黄金期以前から虫業界というのはアマチュアのボランティア的要素で大きくなってきた部分が多いし、せっかく苦労して新しく開拓してもフリーライドしてくる後出の商売人達がネタに吸い付いてきて競合する。

https://baio-labo.com/%e3%80%90%e3%83%90%e3%82%a4%e3%82%aa%e9%99%a2%e5%8d%92%e3%81%8c%e6%96%ad%e8%a8%80%ef%bc%81%e3%80%91%e5%ae%89%e5%ae%9a%e3%81%97%e3%81%9f%e3%81%84%e3%81%aa%e3%82%89%e7%94%9f%e7%89%a9%e5%ad%a6%e9%83%a8/

 生物系の話題はネタは無限かのようにあるが、無限過ぎる上に細か過ぎるため一つ一つの仕事について意義が世間に伝わりにくい。また調べ方や順序も科学的には決まった方法があるから、ひとたびノーベル賞クラスの技術発見を誰かがすれば先端バイオでパワーバランスが大きく変わり、過渡な変化に付いてこれる人達も限られてゆく。対して優良な大企業で商品開発の職に就けている人達等は"台風の目"に近い場所にいて幸運と言えるだろう。

https://openlabmg.com/column/6.html

 また今代の社会認知的な部分でも様々な問題があるように、信じられる要素を探すのは"ウォーリーをさがせ!"よりも難しい感覚がある。バイオ分野は科学的に考えようとすると"完璧主義にならないと混乱する"なんて話が多く、実際には随分な器用さが求められる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%92%E3%81%95%E3%81%8C%E3%81%9B!

 生物学的なものを扱うというのは、実態的には物理学よりも難しい。しかし物理学や数学なんて全く分からないまま生物学を扱う人達は大変多い。であるため生物学分野はリクルートにおいても、理系内でとりわけ不安定だったりする。

https://www.sasashi0526.xyz/entry/20180131

 生物の分類も生物科学の発展と上手く融和せねば科学的な地位に近づけない。しかし生物学というのは学生の間に習える事だけでは深淵など全く見えてこない。暗記用の教科書だけなのか、論理は?物証は?何がどうなっているのか学校では何も解らない感じが私にもずっとあった。人気のある生物の分類でも物証を揃えないと正確な事が分からないという事は、教科書や"論文"は補助的なツールとしてもあまり優秀とは言いがたい。しかし"生物の本質"は知られないまま分類インフラは日常で庶民的に使用される。

 だから分類学は微妙な分野であるとも言えてしまう。50年以上業界を見てこられた分類屋の友人も、"虫業界で有名になる意味はそんなにない"と仰られる。

 分類屋の友人によれば、分類の論文を書けば昔なら虫の交換で外国の人達と色々やりとり出来たらしい。しかし私の場合だと売りのオファーばかり来て断りの対応に時間を割かれるばかりで得るものは少なかった。友人曰く「ならそれより私見の考察を深めたり採集に行った方が有意義」と。自身でも色々試し"同感"と考える。

【Memorandum】正体不明のシロカブトの例

 友人達から時折データの事で問い合わせが来る事がある。昔に集めた他者採集品のコレクション群の中に、違和感があるものが見つかる事がある。或いは転売系商売人から妙な売りのオファーの話を聞く場合など。ヒルスシロカブト系グループでも其れがあった時の事、色々ややこしい話があると話題になった。

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 問い合わせの個体群とは無関係だが、これまで調べていたなか1オス特異的な発生形態の個体があった事を思い出した。産地は公表しないが、ある形態について他の産地では全く見られない型だった。

f:id:iVene:20230816231435j:image(とある部位が特徴的な野外採集個体)

 "1オスだけ"というのも理解に説得力が欠けるため、iNaturalistで採集データに近いエリアを調べてみると、ごく少数ながら似た型の記録があった。

 ただ其れでも此の程度の差異では、地理的隔離も不明瞭ゆえ地域変異か奇形の可能性が高い。しかしそういった考察を可能にしてくれる面白い個体とは考えられる。

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 ヒルスシロカブト系というと、産地により傾向が異なったり、幼虫期間の長さで成虫の身体付きが変わる等の話が色々あった。

 野外個体群についても、プエブラ周辺のベラクルス州オアハカ等の代表的産地から、シナロアやモンテモレロス辺りの個体群まで面白い話はよく耳にした。実物も中米中のものを集めた。ただ、分類をするにしてもやはりデータが正確でなければ考察も正確にはなりにくい。

https://science.mnhn.fr/institution/mnhn/collection/ec/item/ec4067?lang=en_US

ヒルスシロカブトのNeotypeは所蔵博物館によりオンラインで公開されてある)

 昆虫業界黄金期の頃、世界中の愛好家が原産地に赴き採集に行っていた。其の勢いで出没した"現地で元締めをする商売人"が各地から虫を集め、雑な管理で世界中のコレクターに売り捌くという事も時折問題になった。

 "ヒルスシロカブト"は高額売買が盛んに行われたため、雑に商売道具にした人間は其の頃には自称"研究者"から何まで沢山いた。だからただ最もらしいデータラベルが付いていても、疑念が晴れないという事が多い。業界黄金期の頃に流行った種群で、こういうデータのしんどい話が付きやすいのは意識的問題が原因と考えられてきている。

https://x.com/ptpak55zoom/status/1690643296312492032?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

https://x.com/himasoraakane/status/1690285213153427456?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 データはラベルが綺麗だとか、本物っぽいだとかではなく、真実が書かれたものでなければ正確な考察には使い物にならない。だから入手ルートが採集過程から疑念の無いものに絞った使われ方が推奨される。

https://osakamental.com/symptoms/sagishi-shokogun.html

 しかしヒルスシロカブト系について、採集過程まで追跡出来るような良い個体群というのは、正直どれがどうなのか売り物の中から真偽を見極めるのは至難と考える。

 つまり違和感を覚えるような個体群を見つけてしまう例などは特段珍しい話ではなく、誰の収集物の中にも"真偽不明"とせざるを得ないようなものは幾つかある。標本商の友人は、こういう"データ問題"について永遠の課題と語られる。

 対策としては"分からないものは転売屋からは買わない"が最良と考えられる。

https://www.kaitkyowakoku.online/no-twitter/

 こういうグループの場合"調べ直す"という事をするならば、中途半端な古い個体群だとか採集者以外の転売屋等から買い集める方法というのは全く使えたものではない。"中米じゅうを練り歩いて採集して、其れで調べないと本当の事は分からない"なんて、標本商の友人と話す。今の時代にこれをやろうとすると、10年や20年では足りないかもしれない。ただ、良いデータを集めるには其れなりに見合ったコストが要るという事。

【Memorandum】タイにカスタノプテルスマルバネクワガタはいるのか

 今回のタイトルについて、ちょっと知ってる人の中には「何を阿保な。図鑑に掲載あるでしょ」と思う人達がいそうな予感がする。しかし少々難しい問題にぶつかったため記事にしておく。

 私がカスタノプテルスマルバネクワガタのグループについて熱くなっていた頃、標本商の友人が図鑑を見て「チェンマイにカスタノプテルスがいるなんてびっくりした」と仰った。しかし私は即座に違和感を覚えた。何故なら其の標本商の友人は独立起業前からタイに何度も赴き、チェンマイ産のクワガタムシを大量に扱ってこられていたからである。

f:id:iVene:20230809201357j:image(「Mizunuma, T., & Nagai, T. 1994. The Lucanid beetles of the world. Mushi-Sha Iconographic Series of Insects. H. Fujita Ed., Tokyo 1:1-338.」より引用。"タイ産"とされるカスタノプテルスマルバネクワガタ)

 一応図鑑では亜種名が付けられていたりしたが、カスタノプテルスの亜種にタイを基産地として記載されたものは無い。

 とんでもない希少種とも考えにくく、分類屋の友人にも問い合わせてみたが、やはり見た事がないらしい。

f:id:iVene:20230809205016j:image

 私自身、過去にドイツ人標本商から取り寄せていた"タイ産カスタノプテルス"を一応キープしていたので、他産地のものと見比べてみた。いやあ、インド北部ダージリン〜ネパール産と全く見分けがつかない。。よくよく見れば、図鑑の"タイ産"もダージリンやネパールの個体群とハッキリした違いが見られない。。

f:id:iVene:20230809201303j:image(ドイツ人標本商から調達した"タイ産"ラベルだった個体。誤データである可能性が高い)

 標本商の友人に再度確認してもらうとタイ産はやはり他で見た事が無いらしい。ebayでマレーシア人が1ペア誤同定で其れらしい"タイ産"を出品していたが、どうも其方はミャンマー北部産と見分けが付かない。だが標本商の友人によれば、其のマレーシア人の出品にある"タイ産"は出元に思い当たる節があるらしかった。曰く"誤データの可能性高し"と。

 図鑑の個体群はどういうルートで来た個体群だったのかは全く分からない。図鑑掲載等のデータは誤りで、タイにはカスタノプテルスマルバネクワガタがいないかもしれない。

【追記】

 データの真偽を見極めるというのは、こういう場合だと無謀な挑戦になりやすい。だから採集からやり直した方が早いという話になる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%98%E6%9D%BE

【雑記】

 某博物館がクラウドファンディングを募っていた話が紛糾していた。光熱費等が値上がりして設備維持費が不足しているのに、追加支援金が認可されなかったとか。其れにしては唐突な救難信号に聞こえる。

 原因となったウクライナ問題の影響については、春先には情報が回っていて方々で対応が余儀なくされていた。なのに今まで某博物館の必要経費の追加支援が認められなかったなんて話はとんと耳に入ってこなかった。

 科博によると、コロナ禍や物価高に伴う追加の財政支援は認められなかったという。
https://mainichi.jp/articles/20230807/k00/00m/040/162000c

 ニュースの記事だけを読むと、何故必要経費が追加支援で認められないのか意味が分からなくて怒り出す人達も出てきそう。資料の買取が高額で厳しいからクラファンしたいとかなら解るけど、なんで光熱費とかの必要経費でクラファンする話になっているのか。本来ならば軽く流せるような話ではない。流石に"異常事態過ぎる"だろう。

 しかし一方で、博物館の人達は理不尽に対して憤慨した様子もなく、既に牙を抜かれたように萎びた様子で気迫も無く理不尽を受け入れている。一体どうしたのか。

文化庁の担当者「コロナで減った入場者数も戻ってきていますし、国としては必要だと判断した場合には措置をしていきたい」https://news.yahoo.co.jp/articles/fa7722b9b5d87bfb7268b096c022e6e2d2b55dda

 8/2のニュースでは"文化庁の担当者"が対応に協力的な話という感じ。クラファンは議論の末8/7に始まった。"文化庁の担当者"に近い人がクラファンをするよう博物館の人に勧めでもしたのかな。

 しかし同様に物価値上がりの影響を受ける他の独立行政法人だと、こんな馬鹿な話は出てきていない。全て春先には対応されていたと考えられる。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA05ACE0V00C23A6000000/

 独立行政法人というと年予算が数千億円レベルの所まで幾つもあって、予算決めはルールがあるので其れに従って行われる。

https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2022/seifuan2022/25.pdf

 そんななか年予算が約30億円規模の独法で、数億円の"必要不可欠な経費"でトラブっているというのは何か不自然な状況に聞こえる。春先から夏場まで碌に此の事態の情報が回らなかった事も何故だったのか。

https://twitter.com/ichrw/status/1689185528217059329?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw
(博物館側は、こういうお役人にどれくらい抗議したの?怒らなかったの?お役所仕事だったのは博物館もだったからなの?節電出来る部分ならまだしも、資料の保存に必要だから節電しちゃいけない部分ではなかったの?)

 此の件の経理と関係各所の組織運営は一体どうなっているのか。此の対応は一歩間違えば大損害を被るという話になりかねない。なのになんでクラファンみたいな博打打ちの話になっているのか。

f:id:iVene:20230809201426j:image

 某博物館が斯様な対応を迫られた理由は何だったのだろうか。もしかして、博物館側が事務対応でミスしたのをリカバリーするためのクラファンだったとかじゃないのかな。何にしても妙な話に聞こえる。不都合な真実が隠されているかのよう。

f:id:iVene:20230810073332j:image(分類屋の友人より)

https://twitter.com/satetu4401/status/1688693435661012996?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

https://twitter.com/satetu4401/status/1688701827276226560?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

(現状を見る人達の中には、こう考える人達もいる)

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 およそ40年前「ヤンバルテナガコガネ」を新種として記載する根拠となった標本がこの「タイプ標本」です。
 国内外のどこかで似たような昆虫が見つかった場合は、同じ種なのか別の種なのかをつきとめるためにこの標本と比較する必要があり「同じグループの甲虫を研究するなら、世界中どこからでもここに見に来なければならない」と説明してくれました。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230807/amp/k10014155491000.html

 上記引用のようにニュースのなかで妙な言い回しが見られたから疑問なのだけど、ヤンバルテナガコガネについて"博物館にタイプを観に行かないと同定出来ない"とすると、"不明種"として密猟する人達が現れないかな。「いや〜、別の種類だと思って毒瓶に入れたんだよね〜」なんて一市民の言い訳が通ってしまいそう。そういうのを抑制する手段はあるのだろうか。

 あとタイプ個体は、識別可能なような画像を博物館が公開しておけば、画像参照者が同定に利用出来るのではないの?見に行かないと分からないなら、原産地付近住まいなどの博物館に行かない大多数の人達の同定識別の認知的問題はどうなるの?説明が要るなら最初からしておく必要があると考えられるが。

https://www.meiji.net/business/vol135_nobuyuki-demise

 "博物館にタイプ個体を観にこない人達は誰も対応する分類群を同定出来ない"だなんて話、本当に偉い先生が仰られたのだろうか。他分類群でも其れをやってない論文著者は大量にいるけど。

https://twitter.com/payo_kun/status/1689261297853255680?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

【追記2】

(前略)27億円をかけて新たな収蔵庫を建設しているが、資材の高騰や光熱費の上昇などで費用が不足。クラウドファンディングに至ったのだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/fb9f95d770550690e14e4bd69eb784ec8d53be3d

 科学研究に"計画性"を求めるのは科学への無理解だし酷な話だろうからしないけど、収蔵庫の工事は後回しに出来る話だろう。こういう状況下で後回しに出来る話と緊急の話を絡めると計画性の無さが浮き彫りになる。