【Memorandum】"亜種"と"亜種よりも低位の実態"

 国際動物命名規約に従って分類の作業をしようとすると、種や亜種の分類が可能と分かる。種についてはマイヤーの種概念を参考にするが、亜種についてはどうなのか。国際動物命名規約では亜種よりも低位の実態は除外されるから、分類をする前に其れ等と亜種を区別して考える基準を知る必要がある。

 昆虫類の分類研究家(?)によっては、地域変異による傾向のみで亜種以上の分類する論文を出版・公表する(査読の有無に限らず)。しかし其れは必要不可欠な作業を大幅に省略して分類されていると考えられ、方法論からしてあまり科学的とは言えない。今回の記事では其れが何故どのように問題か文章化する。

f:id:iVene:20230312161947j:image(今回記事のイメージ画像。本来の王道的分類法を支持するものとは?)

 地域変異を含め変異に亜種以上の学名を付けない分類法は一般的に漠然と受け入れられていて、一部の自称研究家とは認識の乖離が見られる。

 とはいえ結論は言わずもがな、突然変異や地域変異などの変異が亜種以上に分類されない理由は、生物の分類に純粋な興味のある人達なら既にご存知の事だろうので特筆してこなかった。論理的な誤解がされやすい議題のようであるので其の部分を纏めていく。

 "亜種の概念"は以下に引用するように一般的な理解でよく通っている。「既知生物種に対して、現在は同種でありながら将来に別種に進化する見込みがある地理的隔離をされた集団が亜種として分類される」みたいな話を聞いた事がある人もいると予想する。しかし此の"見込み"が科学界でどう判定されてきているか。

亜種(あしゅ) : 同一種であるが, 分布域の異なる複数の集団が何らかの外部形態形質で互いに区別できるとき, それらに正式な学名をつけて区別している場合がある。それを亜種という(これは動物分類学で用いられる亜種の定義であって, 植物の亜種は意味が少し異なるので注意)。

https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/704255/yogo.pdf

亜種 subspecies (単複同形)

(1) 種階級群において種よりも低い階級: 命名規約によって学名が規制される最低位の階級 (2) 亜種の階級にあるタクソン.
(国際動物命名規約第四版より引用)

 では、国際動物命名規約第四版で除外される"亜種よりも低位の実態"とは何なのだろうか。

亜種よりも低位の実体. infrasubspecific entity;
(1) 亜種の階級よりも低位にあるタクソン.
(2) 同じ種のなかで, 個体群内変異の結果, 他と異なる単数または複数の標本 (たとえば,性が違うもの, カスト, 雌雄モザイクと間性, 奇形個体、年齢型・季節型, 解釈不能な変異性や多型現象による変異体, 世代の違いによるもの).
(国際動物命名規約第四版より引用)

 例えば亜種と混同されがちな"地域変異"の概念については、生物学的な論理に従えば"年齢型・季節型, 解釈不能な変異性や多型現象による変異体"に含まれると考えられ、其れは遺伝学的な論理的考察により確定的である。

【変異】より
地理的変異
…生物の同じ種あるいは同じ種内集団に属する個体の間で,同一の形質の示す状態が異なること。一般に広い地域に分布する種では地方による違いの認められることが多く,これを地理的変異という。地理的変異には形質の変異が不連続である場合と,連続している場合とがある。…
出典|株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版
https://kotobank.jp/word/%E5%9C%B0%E7%90%86%E7%9A%84%E5%A4%89%E7%95%B0-1368889

 「解釈不能な変異性や多型現象による変異体」という文章が生物学的にどういう意味を示すか。

 まず産地により系統ごとの遺伝子的差異があるのは同種内・同亜種内だったとしても当たり前。地域変異はフェノコピーの作用が大きく関わるものとの理解が最も有り得る理解で、他の遺伝子群との複雑な連動も考えられるし、フェノコピーが関わっていないと技術的に証明出来ないしで、遺伝子と発生のメカニズムは凄まじく複雑で未知の要素も多いから完全な機序の定義が実質的に不可能に近い(部分的な定義は可能でありうる)。そもそも不安定な差異では分類群の判別法として安定しない。様々な角度から考えてみても、地域変異は"種分化に進む見込みが有ったり無かったり"するから解釈不能な変異性に当て嵌まると考えられ、"亜種よりも低位"に分類される。

 地域変異程度では"不可逆的な進化"を促しているとは限らず、可逆的変化の可能性が否めないため"解釈不能な変異性"と言わざるをえない。そういう理由で、生物学と命名規約の両方の論理に従えば、別の分類群と言える証拠が目下に揃わない地域変異は亜種以上に分類されない。

 全ての生物には種や亜種の分化可能性が有ったり無かったりで将来の事は分からない。つまり消去法の理解で、亜種分類は、自然界に生息する考察対象の生物集団が"絶滅でもしない限り未来の世界で分化に進む可能性が高いと見込まれる"、地域変異よりも明瞭に分類可能な場合に限られると考えられる。其れ等の要素を踏まえて、自然界から過不足無く検証可能な生物集団でありながら、互いに別種とも言えないが、変異(地域変異、突然変異を含む)とも言えないのが「亜種」の関係と考えるとシンプルである。

 地域間で原亜種と同種でありながら判別可能な外形特徴を持つ自然界の系統は、どの遺伝子かは不明でも、揺るぎない差異があると解る場合は遺伝子的にも種のレベルに分化が進む可能性が目に見えて解り、そうであるから亜種と認められる。認知・論理・生物学的な根拠が揃ったところが分水嶺になって亜種か地域変異かの見極めが分かたれる。目に見えない要素は別の方法で考えるようにせねば、幻と現実の認知が混同されて考察されてしまうから対策された方法を採った方が科学的と言える。

 そういう訳で地域変異の実態が型記載されたとして、国際動物命名規約第四版の規制から除外される事は明確に理解可能であり、単なる地域変異に種名や亜種名が付けられ記載されても後からシノニムに分類される論理も理解出来る。

 言葉の意味する論理に理解が追いつかない人の為に、何よりも強力な実例を挙げるとすると、昆虫類ならばモデル生物としても最も広く深く研究されるDrosophila melanogaster Meigen, 1830:キイロショウジョウバエが挙げられる。基産地はGermany, Schleswig-Holstein, Kiel, Hamburg, Austriaで、分布は世界中にある。

https://www.biol.se.tmu.ac.jp/fly/method-intro.html

https://www.biol.se.tmu.ac.jp/fly/method-basic.html

https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/69/3/69_183/_pdf(此の報文では、D. melanogasterコスモポリタン型とジンバブエ型には遺伝子的な生殖隔離の可能性が高く予想されるも稔性があるとされる。また交尾器形態による生殖隔離について論じられ、D. melanogasterと其の近縁別種は交尾器の形態が異なるよう種分化してから遺伝子的隔離も加えて生じた可能性を示される)

https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/45188/1/LTS69_007.pdfD. melanogasterの交尾器について隔離の追究。しかし静止画では透明化しても分からない事が多い。交尾器の形が異なる事で生じる生殖隔離は単にクチクラの形態が合わないからではなく別の位置的要素も予想があるが、、)

https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190118_1D. melanogasterの交尾器形態を遺伝学的にギミックを変えて隔離を検討した研究などは色々ある)

https://jfly.uni-koeln.de/html/discussion/2002/0202home_of_wild_type_fly.htm(モデル生物として使用されるD. melanogasterのOregon-RやCanton-S等の標準野生型系統間にも遺伝子的差異があり実験結果を左右する場合があるから実験によって選ばれ方が異なる事も多い。なお或る系統の標準野生型系統を、他系統や野生の個体群をコンタミしてしまうと標準野生型とは呼べなくなる。標準野生型系統はストックセンターで管理され、再現性の確保のため遺伝子の突発的な置換や転座が起こらないよう対策される)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AA%81%E7%84%B6%E5%A4%89%E7%95%B0(遺伝子は突然変異にも色々あり、自然界の系統によっては環境との兼ね合いもあったりで変異の蓄積スピードが異なる事がある。其れが理由で遺伝子系統樹による分岐年代推定は実質的には出来ないとする研究者も多い)

https://www.biol.tsukuba.ac.jp/~sawamura/research.html(近縁別種?同士の交雑検証の話。自然界でどうか不明瞭な確率的現象から導かれた推論を検証するのは大変難しい。遺伝子的隔離や行動的隔離の仮説検証は自然界でどうなのか、飼育下で問題なく累代するのならば、"2系統間のF1世代以降の幼虫は現代の原産地自然界には適応力が無く成虫にならない"可能性を検証されているのか疑問が生じる。生存可能なように自然環境が変動した場合に系統が再統一化する可能性は無いのだろうか。まぁ此れはD. melanogasterが直接関係する話では無いけど)https://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol6No1/TJB200701200310762.html

 D. melanogasterは、地域変異の考え方のみならず近縁別種との交尾器による生殖隔離についても、遺伝学についても、コンタミ防止法についても、実験材料の選び方についても、データの採り直し方法についても、学名の学術的な使用法すら、生物科学のあらゆる分野で合理的な研究が最も深く追究されている昆虫種である。だから昆虫類他生物種の研究の為に参考にするにはうってつけの分類群と言える。

 であるので、例えば私なんかは其の生物学的方法に従った分類をクワガタムシ科等に採用し再考しているだけで、独自の方法を編み出して生物の分類考察をやろうとしている訳では無い。非科学的なオリジナルの方法を主軸にしてしまうと、とても科学とは言えない単なる新興宗教になってしまうので、習い従うべき論理は"中途半端で誤った権威的手法(例:ルイセンコ農法)"よりも"既に確立され膨大な研究に使用される方法"の方が圧倒的に推奨される。

 勿論、D. melanogasterを応用研究したものであっても因果関係の導き方など方法論的に誤ったものも少なくない。。しかしD. melanogasterの学名が一般科学誌に載る場合については世界中の科学者による総意で1種1亜種の扱いに維持され、亜種よりも低位の実態については別な分類法の用意(産地ごとの型名、採集例ごとの系統名、変異名、遺伝型名など)があるので、生物学的知見と国際動物命名規約の論理に必要十分従うと出来ない命名法が既に不要になっている。そういう訳で、種や亜種の分類で遺伝子座の各名称に悩まされる事も滅多に無い。

 D. melanogasterには、Cubaを基産地として記載された学名D. ampelophila Loew, 1862がシノニムとしてあるが、亜種の記載が為された事は一度も無い。歴史上誰一人としてD. melanogasterの地域変異を亜種の分類にした科学者は存在しなかった。

 此のように、地域変異を亜種以上の分類にしない考え方は科学史において昔から揺るぎない実質的な世界標準であるのだが、まだ納得出来なかったり理由を知りたい人は膨大な知見を勉強されたい。此処では書ききれないし、既に確立された話だし、研究不正を駆逐する為には良い教材でもあるので、今回の記事では説明を大幅に割愛し"手掛り"に留める。

 世界中の最先端のバイオサイエンスで活躍してきている科学者達が長年に亘りD. melanogasterの今の分類に異論なく応用研究をやっている。反して誤った理解を軸に用いる人達は、生物の分類研究をする為に必要な理解、背景の研究を学んでいない事を自ずと自供してしまった人達である。最も厳しく最も科学的な分類がなされる此の昆虫種D. melanogasterを、昆虫類の分類を行うならば参考にしても、いや、すべきであろうと考えられる。

【References】

f:id:iVene:20230312132706j:imageMeigen, J.W. 1830. Systematische Beschreibung der bekannten europäische n zweiflugeligen Insekten. Sechster Theil. Schulz, Hamm. xi + 401 +[3] pp.

f:id:iVene:20230312132722j:image
f:id:iVene:20230312132719j:imageLoew, H. 1862. Diptera Americae septentrionalis indigena. Centuria secunda. Berliner Entomologische Zeitschrift 6: 185-232.

https://www.gbif.org/ja/species/5073713

https://www.iczn.org/outreach/guidelines-for-authors-and-editors/whats-in-a-name/

【追記】
 地域変異等の「変異」について言葉の意味を考えない分類群学名が出てくる時点で、其の記載者が生物学に純粋な興味を持ってない事が解ってしまうのは何とも難しい気分になる。。しかも生物学的でない生物分類が罷り通るから、捏造なんかも混じって来やすくなる。科学的手法や生物学に大した興味も持たないのに生物を分類する人達の思想は深く考えずとも底が見える。

 例えば、そもそも科学的に受け入れられる生物学的種概念は"集団間の隔離"を考えるものなので、"集団"ではない1頭の確認で分類や新種記載するという行為は既に論理的でない分類法であるが、そういう論文はよく見かけられる。50年や100年以上前の資料収集が難しかった昔ならいざ知らず、マイヤーの種概念がある今の時代にそういう記載は親切とは言えない。

 "論語読みの論語知らず"という諺がある。其れは少々"知ったかぶり"に意味が似ている。遺伝子の機序は非常に複雑であるため少し蘊蓄を垂れられるだけで擬似科学的な話を受け入れてしまう人達は多い。しかし未知の領域が多い故に遺伝子については言えない事の方が圧倒的に多いという事が実際で、全ゲノム解析が行われマッピングまで為されるヒト種やD. melanogasterでも膨大な未知の要素があるのに、他の微々たる知見の生物種で解る生物現象が其れより詳しく分かっている訳がない。

 遺伝子機序を理解しようとするには、実験観察に加えて必要条件・十分条件の論理的思考法が前提として必須になる。例えば「此の発現と、関わりが見られるあの遺伝子配列の存在は、互いに必要十分の関係である」などという論理は嘘であり実態を示さない。一つの発現に必要な遺伝子配列は一箇所だけでは明らかに不十分で他の遺伝子座の関わりや細胞組織等も必要である。遺伝子と発現に部分的に関わりがある事が分かっただけでは部分的な観点でしかなく、詳細な機序への理解には程遠い。

 生物進化でも似たような誤解として"環境負荷を与えれば進化には十分"みたく不足の多い表現を見聞きする事がある。生物が進化する現象に必要な条件は負荷による淘汰のみならず、進化に進みうる生物体の存在がある。虫などの生物の生存欲求は見落とされがちだが、其れは適応の為の必要条件の一つである(※"意思"の研究は難しい)。

 しかし進化や種分化の話は実際問題で議論しづらい。進化・種分化の再現実験は、遺伝子の変異が如何様に起こったか考える上で誤った推論になりやすい、化石種は未知である事が圧倒的に多いから進化の道筋を類推する事すら難しく、さらに祖先種が絶滅していたり、過去の自然環境の変化から生物種・個体数量や其の移動や食物連鎖まで完全再現する為に参考にする自然界が過去にしかないから参考に出来ず再現実験にならないという壁が絶対的で、成し遂げたいなら現実には無い"いくらでも何度でも無限に使える時間旅行機と不老不死の研究者としての身体、また観察と考察に要する膨大な根気と時間"が必須になる。

 しかし其れ以前に、そういう進化考察を始めるにも分類方法の確立は不可欠であるのだが、其の概念がグラついた手法のまま考察に進む人達は学者ですら少なくない。

 私は学生時分、昆虫類の種概念について議論していた際に「生物学を理解してないっぽいのに生物の新種発表をやる人って何がやりたいのか分からんのよねぇ。」と生物学好きの友人から発せられた言葉を覚えている。最もな話だ。当時は私にも詳しく分からなかったので「金儲けの為かもね?」と、とりあえず返して笑い話にした。友人は聡明だった。

https://surveymeter.web.fc2.com/surveymeter/nogood.html

 例えばよく肥えた人がダイエット商品を宣伝していたとすると説得力が無いのと同じで、生物学を理解していない人が生物を分類した論文を出しても後の評価は察せられる。

 科学的・生物学的な本流の定義・論理・方法論に準拠せず生物の分類を行うのは、「分類学を私物化している」と言われても仕方がなくなる。目的を遂行する為の準備が足りていない人達には、概念や定義の部分等でゴールポストを政治的に変えようとすらする者もいるが、其れだと膨大な科学研究に対する説得力の無い異論になってしまい、実質的には議論の場に登るような話題にもならない。

https://twitter.com/mt_yamamoto_/status/1633775714771288064?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 つまり亜種と地域変異の概念を混同して考える分類法は、そもそも誤っており、科学的方法論に煙に巻くような悪しき方法と言え、研究不正を促しかねないとすら考えられる。

https://www.journal.ieice.org/conts/kaishi_wadainokiji/2007/200701.pdf

 生物を分類するならば、生物学的な教訓にリスペクトを置かねば次のステップへ研究を進められない。「地域変異を亜種にするなんて、何も読めてないじゃないか」等と言われないようにせねばならない。。