【Memorandum】文献掲載個体を偶然入手した話

 昨年末に久々に面白い出品がなされたが誰も入札しなかったので落札した個体について、やや数奇な運命に見舞われていたようなので少し記す。

f:id:iVene:20230116170539j:image(個体はニューカレドニア北部ロイヤルティ諸島リフー島に分布するとされるトリデンスミツマタサイカブトの大型♂個体。此の種で40mmを越す個体は稀)

 此の属については手元に各分類群の資料が少ないため、分類については私自身で理解しきれていない。ただし以下の分類群は亜種とされるケースが多い。

Hoploryctoderus tridens tridens (Montrouzier, 1860)

Hoploryctoderus tridens caledonicus (Pell, 1914)

Hoploryctoderus tridens pinorum Paulian, 1991

 Prell, 1914はカレドニクスの原記載にて"Fig.16"に交尾器スケッチを図示した(スケールバー無し)。


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(「Prell, H. 1914. Beiträge zur Kenntnis der Dynastinen X. Entomologische Mitteilungen 3(7/8):197-226.」より引用。Prell氏は先駆的に交尾器形態を分類に用いた人物の一人)

 Endrödi, 1985は交尾器形態に差異は無いかのような図示をしながら、"H. tridens"と"H. caledonicus"を別種として扱った。

f:id:iVene:20230116170604j:image(此方はニューカレドニア島のカレドニクスミツマタサイカブト。ツノの発達はリフー島産よりもニューカレドニア島産の方が控えめ)

 トリデンスとカレドニクスでは雌雄両方に共通した判別点として、上翅の溝の入り方で見分けられそう。前脚爪などの微妙な形態差で記載されたパン島亜種については資料不足なのでココでは考察を割愛。

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 個体資料を入手後、珍しく当属が掲載される文献として、オセアニアのカブトムシについて書かれたDechambre氏の著書を開く。面白い情報が無いか期待して開いたのだが、同属についての掲載で「アレ?」という点が一つ。今回落札した個体が同文献に掲載されてあったのだった。。

f:id:iVene:20230116170717j:image(「Dechambre, R.-P. 2005. Les Coléoptères du Monde 30. Australian and oceanian Dynastidae. 132 p - thoroughly illustrated in colours.」より引用)

f:id:iVene:20221217201721j:image(文献上では"リフー島に分布するH. tridens"として掲載されたが、実物には詳しい産地データは付かず"Nouvell Caredonie"とだけ。また"Hoploryctoderus tridens caledonicus"との同定ラベルが付いてあった。交尾器も摘出されていない。結構エエ加減な掲載だったのかと、掲載個体の実物を観て初めて知る事もある)

 此の分類群を原産地に採集に行くのはまあまあの手間であるし、博物館外だと個体数が無い。しかもここまで角が発達したような大型個体ともなれば替えが効きにくく、主要な博物館でも見られない。


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 とりあえずは再整形前に写真だけ撮っておく。


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 しかし文献掲載個体については、あまり積極的に集めようとは思っておらず、今回のケースだと私自身気づいた時は少々拒絶反応を示してしまった。

 こういう貴重な資料が不特定多数向けに売られてしまう事に、勿体無さを感じる。

【References】

Dechambre, R.-P. 2005. Les Coléoptères du Monde 30. Australian and oceanian Dynastidae. 132 p - thoroughly illustrated in colours.

Montrouzier, X. 1860. Essai sur la faune entomologique de la Nouvelle Caledonie (Balade) et des iles des Pins, Art, Lifu, etc. Annales De La Société Entomologique De France. Paris (3)8:229-308.

Prell, H. 1914. Beiträge zur Kenntnis der Dynastinen X. Entomologische Mitteilungen 3(7/8):197-226.

Prell, H. 1933. Beiträge zur Kenntnis der Dynastiden. XI. Über die Arten der Gattung Stypotrupes Burm. Entomologische Blätter. Krefeld 29:66-70.

Endrödi, S. 1985. The Dynastinae of the World. Series Entomologica. Vol. 28.

https://unmondeencouleurs.piwigo.com/index?/category/8231-hoploryctoderus_tridens_tridens_holotypus_allotypus_paratypus

https://mediaphoto.mnhn.fr/media/1608647398802a4nPnBgCJcJ1cBAA

https://mediaphoto.mnhn.fr/media/16378469878389flmRRBa6lq8a7IW

https://www.gbif.org/ja/occurrence/3397001351

Paulian, R. 1991. Les Coléoptères Scarabaeoidea de Nouvelle-Calédonie. Editions De l’Orstom. Collection Faune Tropicale 29:1-164.

http://horizon.documentation.ird.fr/exl-doc/pleins_textes/pleins_textes_6/Fau_trop/34544.pdf

【追記】

 文献に掲載された個体が売りに出てくるのは、そこまで重要な資料でない場合は、"持ち主がお金に困って出品したんだなァ"と察し仕方がない気分になる。

 しかし同等品として再入手が難しいような文献掲載資料はネットオークションみたいな軽々しい場に売りに出されてよいものでは無いとも考える。勿体無いし、結構な文献に掲載された程の資料が他では買われなかった事も暗に示してある。再整形前に気付かれなければ文献掲載個体とも分からないままだったような資料だと尚更。資料のたらい回しに肯定的なスタンスの出品も気になるが、昨今は売れるなら何でも良いみたいな姿勢の人達も見かけられる。ほんの数年前までは、非科学な考えについては一般的に否定的に捉えられる社会通念だったのだが。

https://twitter.com/himasoraakane/status/1615454429234475008?s=46&t=eEAXdrvIAtvDCvYRTIoE5A

 友人達は"幸運を拾った"と評してくれたが、私はどうにも引っかかった。こういう資料は"簡単には売られないからロマンがある"のだと、まぁそんな酔狂な事を考える人は今の時代には少なくなっているのかもしれないけれども。