【Memorandum】正体不明のクワガタムシについての例4

 アフリカ大陸東部で2000年に採集されたProsopocoilus sp.:ノコギリクワガタ属不明種。詳細データは伏せておくが此のスワンジノコギリクワガタ系のグループとしては記録される範囲から大きく離れて最東端の産。既に故人だが著名なドイツ人採集家により採集された個体で、ご遺族により不明種として出品されていた1♂個体。

f:id:iVene:20240128170305j:image(アフリカ東部産ノコギリクワガタ属不明種。大顎は伸びず比較的胴長な体型。交尾器鞭部は原記載における"P. alexandrae"や"P. perbeti"と似通うが外形はかなり異なり特異的で、既知知見で一致するものが見当たらない。初見。肝心の交尾器硬質部位の比較や変異の検証等を待つ状況)

 最初は記録上最東端なコンゴ民主共和国東部辺りに分布する既知種かとも考えたが、どうも特異的で記載にあるものと一致せず、手元にある他の個体群のいずれともかなり異なるし此れ迄に見た事も無い比率の体型。

 此のグループには外形の似通った隠蔽種が沢山あって、希少種も多いため分類難易度が結構高い。其の内多数の分類群を設立したDesfontaine & Moretto, 2003の論文では、図において交尾器鞭部のみの図示であったり判別法がやや曖昧なものも多い。図にしても顕微鏡で覗いてスケッチをした事は察せられたが、強調される判別用の図が鞭部しか無い割に捻れた状態の鞭部で其のまま描写されてあったり、種内変異や破損の可能性が考慮されていなかったりと、図の比較としては結構杜撰な表現と考えざるを得ない。こういう場合、実物資料のグルーピングをしていると同定が困難だったり出来ない例が多くなる。

 いずれの原記載も2003年頃以前の記載であるためやや粗雑な体裁については仕方ないと考えられる側面もあったが、幾つかの分類群についてはシノニムになる可能性が高かったり、"カメルーン〜スペイン領ギニアを基産地としたProsopocoilus kuntzeni Kriesche,1919(タイプは2♀)をシノニムとした処理"があったが、其れは実際には間違いで有効だった可能性が高かったりと後処理が困難な話もある。

 とはいえ今回の不明種個体は体型も交尾器もかなり変わったような感じに見えた。未記載種の可能性も高いが詳細は不明。産地の場所が場所だけに追加がいつになるのかもわからない。

【References】

Desfontaine, M., & Moretto, P., 2003. Revision des Prosopocoilus Africains du groupe swanzianus. Descriptions de nouveaux taxons. Animma.x Supplement 1:1-43.

Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.

【追記】

 やっぱり採集家は良い資料を持っているなぁ、なんて感慨に浸る。こんな感じでデータも良い上に未知の発見もありうる。採集家は隠蔽種を調べる機会があまりないので、私みたいなのがこうやって見つける事が多い。

 誰も行かないような僻地には、誰も知らないような生物が未発見という事も結構ある。更にそういう生物は希少性が高く簡単には見つからないという事も。現地の文化や情勢、産地での毒性生物や肉食動物等の危険性等の障壁もあり得る。

 また環境破壊による現生生物の減少だけでなく、大自然の深く未知の壁を乗り越えられる冒険家は時代の流れと共に激減しつつある。採集家というのは出費がかさみなかなか儲からないし、安全策を講じると行ける場所がかなり限られる。