ベトナム北部から此れまでに見た事もないマルバネクワガタが見つかったらしくebayでの出品で初めて写真図が一般的に示された。今回は其の虫について関連する事を現状解るところまで深掘りしてみる。
(ベトナム北部産マルバネクワガタ不明種。艶めかしく華麗な色彩。こんなのが今まで明示された事が無かったなどとは驚きであったが、ベトナムは毎年のように新顔らしきクワガタが出てくるくらいに種層が深い)
初見時は小型の1♂で未記載の分類群かと考え、友人達に聞いてみた所やはり"見た事が無い"と言われた。光沢がありレーマンマルバネやブロッシェルマルバネに似た体躯、しかし短歯型でありながら顎の基部が太い。分類屋の友人は「カスタノプテルスマルバネクワガタに近縁な何かではないか」と言われ、気になったため暫定的な検証目的でとりあえず落札する事にした。
(カスタノプテルスマルバネクワガタのグループについては粗方全ての産地個体群が揃う。黒/朱を使った彩色の和食器に見られる漆器の如く何とも美しい可憐なマルバネクワガタ。標本商の友人によれば人気がないらしくベタ褒めしても笑われたが、、まぁマニアックな虫である。産地により特化が見られるも個体数の少ない産地が点々とあり揃えきるのは難しい)
不明種らしき小型の1♂を取り寄せてみた時点では、交尾器はブロッシェルマルバネと異なるもののカスタノプテルスよりは近しい、しかし其のレーマンマルバネ系統と別種なのか別亜種なのか奇形なのか此の小型1♂では分からなかった。
(ミャンマー北部産ブロッシェルマルバネクワガタ)
ブロッシェルマルバネやレーマンマルバネは短歯の写真が滅多に無い。手元にもブロッシェルマルバネの長歯しかなく、レーマンマルバネについては満足のいく観察を出来ていない(※その為ブロッシェルマルバネとレーマンマルバネが別種なのか別亜種なのか理解しきれていない)。ブロッシェルマルバネの短歯については永井氏の報文から、またレーマンマルバネの短歯は私的に入手した写真を参考にした。
(「Nagai, S. 2000. Twelve new species, three new subspecies, two new status and with the checklist of the family Lucanidae of northern Myanmar. Notes on Eurasian insects No.3 Insects :73-108.」より引用。fig.35-38.はブロッシェルマルバネ、fig.39-42はミッチーナ北東部産で"レーマンマルバネのssp."として図示されたがfig.39-42の個体群は前脚の形態からブロッシェルマルバネで相違無いと考えられる)
ブロッシェルマルバネとレーマンマルバネは外形では前脚ケイ節前方外縁の雰囲気で見分けられそうだが交尾器については詳細が分からない。レーマンマルバネの♂交尾器の図示がTsuchiya, 2021にはあるが、恐らく奇形であるか画像の縮尺を間違って編集し図示してあると考えられる(※体サイズに比べて♂交尾器が小さ過ぎる)。
ベトナム北部産の小型♂は脚部形態はレーマン寄りな型だったが、顎基部はかなり太く変わっている。はてさて、長歯を見てみたい。
そうこうしているうちにebayに更に大きめの♂個体を含む追加個体群が出てきた。大顎は太く変わっているが側面図が無く、中歯らしいと言えば中歯らしく、レーマンマルバネ系にしては顎は短い。しかしベトナム南部から見つかっているバオンゴクマルバネクワガタに似た雰囲気があったから、顎は其方に近い発生形態の分類群なのかもしれないと可能性を考えた。生態は不明だが、其れもバオンゴクマルバネのような年により発生量が異なる波があったり、また歩行特化で誘引要素が不明故に採集されにくいのかもしれない。
ベトナム産クワガタは希少種だと考えていたものが、大量に採集される場合もある。とりあえず長期間様子見しながら悩んだ末に出品されたなかでは最大の♂を落札した。
大型♂が手元に来る迄に、未記載との予想を改めてみた。いくら私自身が四半世紀以上知らず、友人達が知らない分類群だったとしても、もしかすると既知種であるかもしれない。そう思い調べてみると、或る分類群に関連性を見出せた。Neolucanus rufus Nagel, 1941:ルフスマルバネクワガタである。N. rufusは特に他分類群のシノニムにも、他種の亜種にも分類されていない、長らく詳しく触れられていない学名だった。基産地はベトナム北部サパ(原記載では"Tonkin Chapa"表記。"Chapa"はSapaのフランス語表記)。
https://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/386/0
此のurl記事では「絵から判断するとビキヌスと同種っぽい」とされる。
しかしタイプ個体はKrajcik, 2003によればWW2で焼失しているとされ、参考になる写真図も残っていない。スケッチは原記載者Nagel氏によるものらしいが、Nagel氏のスケッチは他分類群のものを参考にしても分かるように大雑把で不正確と考えられるものが多い。私の友人達もNagel氏によるスケッチの曖昧さに文句を付けた。とりあえず原記載の説明文を精読する必要性がある。原記載はラテン語?の説明がありドイツ語で同様の説明が繰り返されてあったが其々でニュアンスが若干異なる。
さて、大型♂が手許に到着し早速標本化してみた。
(件の不明種の頭部背側面。体長は37.1mm。交尾器は比較可能だった他近縁らしき分類群とは全く異なる事が分かった。大顎は板状になり特異的な形状に発達する)
では、N. rufusの原記載とNeolucanus vicinus Pouillaude, 1913:ビキヌスマルバネクワガタとの比較を進める。N. rufusのタイプは33mmの♂個体だったらしい。スケッチや原記載記述から読み取れる形はビキヌスマルバネと似た雰囲気もあるが、其れにしては一致しない感じがある。
(「Nagel, P. 1941. Neues über Hirschkäfers. Deutsche Entomologische Zeitschrift :54-75.」より引用。大顎基部背面の突起は外縁稜線上から内側に向かい出ている。前胸背の凹みの位置は特徴的な配置)
N. vicinusの♂では33mmだと顎先端付近の背面突起が出現する個体は稀で、同サイズで基部背面の突起が出る個体は私的には未見。まして33mmで大顎先端付近と基部の両方から背面突起が出現するN. vicinusなんて見た事が無く、少なくとも35mm程度は必要と考えられる。
(「Pouillaude, I. 1913. Note sur quelques Lucanidae d’Indo-Chine. Insecta, Revue Illustree d’Entomologie, Rennes 3:332-337.」より引用。原記載では"体長21mm"らしいが見た目からして間違いと考えられる、、)
(ビキヌスマルバネ、ベトナム北部各地産)
ebayで出品された不明種個体群は33〜35mm程度の個体が幾つかあり、N. rufusの原記載記述に一致する大顎の個体が見られる。
N. rufusタイプ個体の鞘翅は赤っぽい褐色で会合部と外縁部は栗色になるらしい。しかし今回の不明種にもN. vicinusにも鞘翅の色は黄褐色と赤褐色の2型あるから判然とはしない。
またN. rufusの原記載記述では"腹面は光沢がある"との説明があったが、N. vicinusではそこまで光沢がある感じはせず、今回注目した不明種に一致する説明である。
更に、N. rufusの原記載記述で"前胸中央に明瞭な点刻が散在する"とあり、"鞘翅には非常に細かい点刻が散在する"とある事から、顕微鏡で観察したと考えられるが、前胸中央の点刻はN. vicinusであるとそこまで明瞭には見えず粗い体表の方が目立つのだが、其の粗面形態についてはN. rufusの原記載に説明が無い。N. rufusの原記載記述では"前胸中央と鞘翅に鈍い光沢がある"という表現があるが、其の表現は曖昧で実態を読み取りづらい。しかし顕微鏡で見たろう状況で、N. vicinusなら一番目立つ粗面の構造よりも見づらい点刻に注目したというのは考え難い。
また前胸には小さな凹みが6ヶ所あるとの記述があり、スケッチでも描写がある。此の描写された凹みの配置はN. vicinusでは見られない。しかしebayで出品された不明種個体群には近しい配置の凹み方の個体を複数見られた。凹みの無い個体もあるが、凹む位置は安定するらしい。
他の原記載記述では判然としなかったが、際どい記載の学名と考えられ、以上の根拠からベトナム北部から出品された不明種個体群はN. rufusである可能性が高いと考えられた。しかしベトナムは深い種層があるから他にN. rufusに更に近い生物集団がいれば分からないとも。故に現状ではN. rufusであるとも未記載種であるとも言いがたいが、同産地周辺が調べつくされれば将来的には結論が出ると考えられる。
【References】
Nagel, P. 1941. Neues über Hirschkäfers. Deutsche Entomologische Zeitschrift :54-75.
Pouillaude, I. 1913. Note sur quelques Lucanidae d’Indo-Chine. Insecta, Revue Illustree d’Entomologie, Rennes 3:332-337.
Hope, F. W. 1831. Gray: Synopsis of the new species of Nepal Insects in the collection of Major General Hardwicke. Zoological Miscellany. London 1:21-32.
Nagai, S. 2000. Twelve new species, three new subspecies, two new status and with the checklist of the family Lucanidae of northern Myanmar. Notes on Eurasian insects No.3 Insects :73-108.
Krajcik. M. 2003. LUCANIDAE OF THE WORLD Catalogue – Part II., Encyclopaedia of the Lucanidae (Coleoptera : Lucanidae), Czech.
Baba, M. 1995. A new species of the genus Neolucanus Tomson, 1862 from south Burma (Myanmar). Gekkan-Mushi 292:8-11.
Bomans, H. E., & Miyashita, T. 1997. Description de trois nouvelles espèces de Lucanidae du nord Birmanie. Besoiro 4:2-3.
Tsuchiya, T., 2021. 世界のマルバネクワガタ大図鑑. Be Kuwa No.78.
【追記】
未知や不明瞭な事を調べるには、物証がもう一歩揃いきっておらず結論を出しづらい場合もある。こういう場合も"未確定種"と考え、自然界での原産地調査で得られる結果を待つのが最善と考えられる。
反して世の中には何らかの目的の為に詳細な根拠や安全性も説かず、またデメリットや注意事項を充分説明せずにゴリ押ししてくる非科学的且つ非倫理的なマーケティングが存在する。
https://itainews.com/archives/2024528.html
https://dic.nicovideo.jp/a/%E5%AB%8C%E3%81%AA%E3%82%89%E8%A6%8B%E3%82%8B%E3%81%AA
其れが最近だと流行ってるかのように様々な所で見られるが、ああいうのはやはり過去の"公害"等から教訓を考えていないものと考えられ、最早"ゴリ押し其の物"が公害的になっていると捉えられる。