【Memorandum】原記載に無い"パラタイプ"の後出し増産は規約に反する

 「パラタイプ」個体が"通常の定価"よりも高額で取引される事が昔からある。"原記載者が記載に使用した個体"という証書みたいなものだから特別視される。

 私は様々な理由から"パラタイプの売却"に反対する考え方をしているが其れは個人的なものであり特段止められる話でも無い。採集・調査費用確保のため仕方なく売る人達もいる。

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(日本の鹿児島県三島村黒島に分布するノコギリクワガタは本土の分類群に対して亜種記載されている。画像♂個体は其の学名のパラタイプの一つ。他の島々の個体群も亜種名があるが、分類屋の友人からすれば「分け過ぎられている分類群もあるだろう」との意見がある。規制されるが許可を取れば採集出来る。小型や♀の判別法とは?はてさて)

 新種を発見し新しい学名を記載する原記載で、パラタイプは指定される。新種を発見したから作られるラベルである。

 しかしそういう大義を隠れ蓑に、"パラタイプを作るため"に単なる変異に新しい学名を記載しようとする輩もいる。

 彼らの一部はパラタイプを"記載文を発行した後に記載文に記述していない個体群に対して"にも作ろうともしていた。彼らの目的は勿論カネ儲けである。"何故パラタイプを原記載論文以外で増産してはいけないのか"、後学の為にも当記事でまとめておく。

 動物の分類学でのタイプとは何か。

章16. 種階級群におけるタイプ

条71. 適用範囲本章の条項と勧告は, 名義種および名義亜種 (亜種と見なされるタクソンを含む [条45.6])に等しく適用する.

条 72. 一般条項.

72.1. 標本に関係した “タイプ” という用語の使用. “タイプ” という用語は, 分類学者が特定の標本を類別するために使うさまざまな複合語の一部をなしているが,担名タイプはそれらのうちわずか数個に過ぎない.本規約の目的のために,以下の3類の標本が規定される.

72.1.1. タイプシリーズ: それに基づいてある名義種階級群タクソンが設立されたあらゆる標本 (除外される標本という例外がある [条 72.4.1]). ホロタイプ指定も, シンタイプ指定も, レクトタイプの後指定もなされていない場合は,すべてがシンタイプであり,ひとまとめでひとつの担名タイプになる.

72.1.2. 担名タイプ: 担名機能をもつ標本で, 設立時に固定される場合と (ホロタイプ[条73.1] もしくはシンタイプ [条73.2]), 後世に固定される場合(レクトタイプ [条74] もしくはネオタイプ [条75])が ある.

72.1.3. その他の標本:担名機能をもたない標本(パラタイプ [条72.4.5], パラレクトタイプ [条73.2.2, 74.1.3]. これらの定義については用語集を見よ).

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

 つまり"タイプ"にはパラタイプも含まれる。

勧告73D. パラタイプのラベルづけ. ホロタイプにラベルづけした後, タイプシリーズの残りすべての標本 [条 72.4.5] に, 設立時のタイプシリーズの構成要素であることを示すために, “パラタイプ”というラベルをつけるべきである.

 この時点で「パラタイプ」はホロタイプ設立時、即ち原記載時点での標本群である事が規約で説明されている。だから原記載よりも後の時点で作られた"パラタイプ"は命名規約的に"偽タイプ"と解釈される。

 こういう説明で終わると"シンタイプ"で担名タイプに指定し、後からシンタイプを適当に増産しつつレクトタイプとパラレクトタイプを後で指定するようにしながら、パラレクトタイプを売り出そうとする人達が出てくる可能性があるが、其れも規約で制限されている。

72.3. 1999年よりも後に設立された名義種階級群タクソンでは担名タイプは設立時に固定しなければならない.新しい名義種階級群タクソン(ただし, 新置換名[条 16.4, 72.7] によって示されるものを除く) の1999年よりも後の提唱は、ホロタイプ [条 16.4] (条 73.1 を見よ)もしくはシンタイプ [条73.2] の固定を含まなければならない. シンタイプの場合にあっては, その新しいタクソンが基づいた標本であると著者が明示した標本だけがシンタイプとして固定される.

 1999年よりも後に命名規約に基づき設立される新しい学名は、ホロタイプかシンタイプの固定が義務とされる。それまでは原記載でホロタイプやシンタイプ指定が無く単にType指定だったり記述されないパラタイプが存在したりして混乱しがちだったが、担名タイプが指定されるようになればパラタイプなど他のタイプ指定も具体的に示された個体群がタイプ個体群との信頼性を得る。

 つまり現行ではシンタイプを担名タイプとして指定する場合には原記載で如何なる個体がシンタイプで、シンタイプ個体群が如何なる構成なのか個々の資料について全ての明示がなくてはならない。

73.2. シンタイプ.

 シンタイプとは,まとまってひとつの担名タイプを構成するタイプシリーズの複数標本の各々である. それらは, シンタイプだと表示して指定することができる (許容される用語については,条73.2.1 を見よ). 2000年よりも前に設立された名義種階級群タクソンにあっては[条 72.3],ホロタイプ [条72.1] もレクトタイプ [条74] も固定されていないならば,タイプシリーズ中のあらゆる標本が自動的にシンタイプになる. ある名義種階級群タクソンがシンタイプをもつ場合, それらすべてが担名タイプの構成要素として命名法において等しい地位をもつ.

73.2.1. シンタイプが含み得るのは,“コタイプ” もしくはタイプ”(どちらもシンタイプという意味で使用された場合)というラベルがつけられた標本, 標本の類別を示すラベルがない標本,および, 全体にせよ一部にせよある新しい名義種階級群タクソンが基づいた過去に公表された記載や描画のもとになった, そのタクソンの著者が見ていない標本 [条 72.5.5] である.

73.2.1.1. ある名義種階級群タクソンを1999年よりも後に設立するときは、その新しいタクソンが基づいた標本だとその著者がはっきりと表示した複数標本 (条72.3 を見よ)の各々だけがシンタイプである.

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

 シンタイプであったりパラタイプである事には追跡可能性の高い個体でなくてはならない。原記載に記されたデータや形に一致する個体、他にコンタミネーションしている可能性が絶対に無いと言いきれる個体である。

 「パラタイプ」を後から増やすという事は、学名の参照性能を著しく下げる事になる。

【追記】

 ネや商売、肩書き保身の為だけに作られるパラタイプに価値は無い。普通種の虫を高くで売るために書かれる記載文など、志の低さに驚くばかりである。