【Memorandum】ヒトの学名Homo sapiensの語源とは?

 現生種のヒトを示す生物学名Homo sapiens Linnaeus, 1758の語源について「賢い人」と説明する人がいて違和感があった。その理由は"人間が賢い?"という疑問の意味ではあるが。

https://m.youtube.com/watch?v=UneaXXgExJU&feature=emb_title

 なるほど今のWikipediaでもそういう説明が冒頭からされている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%A2%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9

 しかし生物種個体群を総称する生物種学名に"まるで誰か個人を形容したかの表現"の意訳をされるのは読者として物凄く違和感を覚える。「アホな人はヒトじゃない」とでも言いたいのだろうか。「平家物語」を連想する。

此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし

(「平家物語」より引用抜粋)

https://signboard.exblog.jp/18960842/

 場所により"賢い"という意味のラテン語の形容詞がヒトの種小名と講釈される。"原記載"に語源説明があるのだろうか。

https://home.soka.ac.jp/~myamaoka/IH2_Definetion_of_Human1.html

(色々書いてあるが分かりにくい。原記載でも亜種記載などあるが現行の規約では使用不可とされている。1758年の原記載にある生物種としての"Homo sapiens"を現行の命名規約に従えば「ヒト属サピエンス種」の意味以外に汲み取ってはならない)

 でも原記載者であるリンネは著書Systema naturaeの原記載で語源まで説明してなかったような、、と気になったから原記載を参照してみる。

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(「Linnaeus, C. 1758. Systema naturae per regna tria naturae, secundum classes, ordines, genera, species, cum characteribus, differentiis, synonymis, locis (10th ed.). Laurentii Salvii.」より引用抜粋。手書きのメモはどうやらスウェーデン語で書いてあるが語源説明ではない)

 やっぱり語源説明なんて書いてない。

 ※ちなみに同文献冒頭に記載される"IMPERIUM NATURE."欄の説明にある"HOMO"や"SAPIENTIA"は科学用語の説明であり、生物種学名Homo sapiensや其の語源を説明したものではない。


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(「Linnaeus, C. 1758. Systema naturae per regna tria naturae, secundum classes, ordines, genera, species, cum characteribus, differentiis, synonymis, locis (10th ed.). Laurentii Salvii.」より引用抜粋)

 なおリンネは「人間のもつ種としての特性は、ただおのれを認識できるということだけである」としている。

https://sucra.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=15750&item_no=1&attribute_id=24&file_no=1

Homo sapiensの原記載文の和訳は上記PDFの63項「表2」にある)

 過去記事に徹底して書いたから大部分省くが国際動物命名規約第四版では、学名綴りを確定する上で"原記載での語源説明の有無"を詳しく求められる。だから気にすべき話である。

https://ivene.hatenablog.com/entry/2021/10/16/132331

(この記事の下部【追記】部分にてまとめた)

An author establishing a new species-group name should state its etymology. New names should be in Latin form; they should be euphonious and easily memorable, and should not be liable to confusion with those of other taxa of any rank, or with vernacular words (Appendix B.5).

https://www.iczn.org/assets/6ecc2ac99f/best-practice.pdf

付録B 一般勧告 5.

 新しい属階級群名もしくは種階級群名を設立しようとする場合 それの由来 (語源)について,また, 属階級群名の場合にあっては, さらにその性についても述べるべきである (性は, 学名自体の形からも明らかであるべきである).

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

(古い記載者というより現在の記載者に対する文言だが、ICZN:動物命名法国際審議会のページでも「新しい種群名を設立する著者は、その語源を明記すべし」とある。言われないと読者には語源の意味が分からないからである)

 "sapiens"の綴りはラテン語の名詞で"賢者"、或いは"知恵者"という意味で使われた事もある。つまり形容詞に限らない。

https://aeneis.jp/?p=5522

 なぜ、形容詞の"賢い"が"生物種学名"sapiens"の語源"であると考える人達がいるのか。其れは「賢い人」を意味しうるラテン語文章"homo sapiens"と、生物種学名"Homo sapiens"が綴りと語句の並びで"偶然の一致"をしたためだろうと考えられる。

 ラテン語で"homo"は人間や男性を意味するらしい。しかし生物種学名"Homo sapiens"に含まれる"Homo"ならば「ヒト属」である意味である。Genus Homo Linnaeus, 1758である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%8D%E5%BC%8F%E9%9A%8E%E5%B1%A4%E5%88%86%E9%A1%9E%E4%BD%93%E7%B3%BB

 出版により適格性を得た学名と、語源を分けた扱いをするのが国際動物命名規約第四版である。

 規約では生物種学名と他文章を混乱するような体裁で読ませないようわざわざ注意書きがある。

付録B 一般勧告 6.

 属階級群や種階級群タクソンの学名は,地の文に使われているのとは異なる字体(フォント)で印刷するべきである.そういう学名は,通常,斜体で印刷されるが,高位のタクソンの学名には斜体を用いるべきではない.種階級群名はつねに小文字で始まるものであり,書くときはつねに属名に続けるべきである.種よりも高位のあらゆるタクソンの学名は,大文字で始まる.

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

 リンネの原記載では種学名のフォントが他の文章と同じであるため文字サイズや語句配置で生物種学名と他文章を識別する。

 もしリンネが原記載で「ラテン語の形容詞を語源にしました」、或いは「ラテン語で"賢い"という意味の語句を語源にしました」と説明を明記・書いていれば、形容詞が語源であると私にも理解出来る。

 百歩譲って「"賢い"という意味です」と原記載で説明された上での学名"sapiens"ならば、つまり"ラテン語古代ギリシア語以外に無い綴りで形容詞と解る語源の意味が説明されているから形容詞"という解釈ならば理解出来る。

https://ja.wiktionary.org/wiki/sapiens

 しかし「ラテン語が語源です」だけの説明だったら"標準的なラテン語辞書がどれか"みたいな事から探し始めないといけない。それにラテン語が語源という情報しか無いと同綴意義語である可能性が殆どの場合でありうる。

 "形容詞のラテン語が語源になったニックネーム"が学名の語源になっていても、其の学名の語源は名詞である。現行の命名規約では"学名の語源の更なる語源"は、別言語の可能性を考慮され別語句の扱いであり、学名の語源とは扱われない。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E7%B6%B4%E7%95%B0%E7%BE%A9%E8%AA%9E

 学名は基本的にラテン語扱いだけど、学名になったら種小名は語源と違う意味を持つようになって名詞になる。

 そもそも、リンネは"二命名法"を提唱したのを忘れてはならない。命名である。つまり名前付け。

 「ヒト属サピエンス種」の意味を示す"学名"を原記載で説明もされていない「賢い人」を意味する"文章"に挿げ替えるのは、いかなる言語においても科学的文法上の使用では非論理的且つ不適切と言える。

 当記事筆者の私はリンネではないから分からないが、リンネは原記載時に「ヒト属の中でもとりわけ知恵者」という意味を考えたのかもしれない。

 現行の命名規約では、原記載以外の書物で語源を書いても採用されないようになっているから、例えば原記載ではなく後出や別の文献でリンネが「"賢い人"が語源だった」と記載しても其れすら語源とは命名規約的に認められない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%B8%E8%A8%80%E8%82%AF%E5%AE%9A

 ちなみにHomo sapiensの担名タイプについては、以下に引用のブログ記事URLがとても参考になったので紹介しておきたい。手間隙かけて丁寧に書かれる。

 カール・フォン・リンネがヒトの担名タイプ標本である。というのも、動物命名法国際審議会がウェブページで「タイプ標本はリンネである」と回答しているのである(Notton & Stringer, 2013)

 H. sapiensのタイプシリーズは、原著者のリンネがH. sapiensであると考えた標本すべてで構成される(条72.4)。それはすなわち、リンネが1758年までに観察してH. sapiensとみなした、周囲の家族や知人、文献に記された古今東西のヒト、そしてリンネ自身も含む、膨大な数のヒト個体である。 まとめると、ヒトのタイプ標本は1758年からしばらくの間、リンネ自身を含む複数の標本(シンタイプ)の集まりであった。

https://kaisekiriu.hatenablog.com/entry/2021/09/05/192712

https://www.iczn.org/outreach/faqs/#faq-13

(動物命名法国際審議会のページ。大真面目なページではH. sapiensの語源や意味解説は無い)

 ヒト種のレクトタイプに指定されているのはリンネとの事。

https://booth.pm/ja/items/3622835

(じゃあ此の量産販売されているHolotypeと記述された布キレは"様々な意味で偽タイプラベル"と解釈できる。しかし何が"ジョーク"なのか。ジョークアイテムと言うなら言い訳くらい用意しておけと言いたくなる)

【追記】

 リンネは原記載においてヒト種の特徴説明に「汝自身を知れ」と記載している。

 しかし世の中には出来ない事、すべきでない事を、言うだけはタダだから然も出来るかのように言う人達がいる。所詮彼らは自身を知る事を放棄し、他人の文言をパクって商売しようとする輩連中である。

https://twitter.com/dirg_rocketdyne/status/1559737726475575296?s=21&t=W2-F4VPfvedi1zhssl4YKg

 「自身を知る」というのは一見すれば条件はシンプルであるし結果もシンプルなのに、輩連中のせいで社会は複雑で混沌だから答えに辿り着くのは結構難しい。人によっては分からないまま一生を終える事もありえそうである。

 リンネが定義した分類学的"ヒト"もまた個々により分類学を学んでいく。「少なくとも分類学研究をする者は先ず汝自身を知れ」とリンネは言っているのだろうか、違うのだろうか?

 リンネはHomo sapiensの説明に注記で説明付ける。ソロンが言ったように、ディアナの神殿に金色の文字で書かれていたように、汝自身を知る事は最初の叡智である.」。

NOSSE SE IPSUM gradus eft primus fapientiæ, dictumque Solonis, quondam fcriptum litteris aureis fupra Dianæ Templum. Muf. ADOLPH FRID. Prafat.

(「Linnaeus, C. 1758. Systema naturae per regna tria naturae, secundum classes, ordines, genera, species, cum characteribus, differentiis, synonymis, locis (10th ed.). Laurentii Salvii.」より引用抜粋)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9D%E8%87%AA%E8%BA%AB%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%82%8C

 観察作業・実験をする上で、作業に没頭していると"自身も観察者・作業者としての実験材料の一部であるかのよう"と雰囲気に呑まれる事が数知れずあった。たしかに自身の存在を忘れてはならない。

https://twitter.com/higedouraku/status/1563058535822663680?s=21&t=iIihLeKcL9UVi49vR-vWNw

 リンネの問いかけを理解するには、じっくり腰を据えて考えなくてはならない。