【Memorandum】グラントチリクワガタの亜種分類についての疑惑

 南米チリ〜アルゼンチンに分布するゲーミングカラーなグラントチリクワガタ:Chiasognathus grantii Stephens, 1831は異形なクワガタとしても有名である。

 2012年に或る亜種名があったが以下ページでPaulsen氏によりシノニムと記述されるが、此の話題について深掘りしてみる。

C. grantii holometallicus Rataj, 2012: 74 (synonym, including unavailable 'varieties')

https://unsm-ento.unl.edu/Guide/Scarabaeoidea/Lucanidae/LUC/CHIA/grantii.html

 日本語版Wikipediaでも似た記述になっている。しかし記載文の不備というよりは、生物学的に実態としてシノニムである。後述に説明を記す。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%83%AF%E3%82%AC%E3%82%BF

 iNaturalistでも調べてみると確かに分布に境界が無い。iNaturalistではグラントチリクワガタの記録が山ほどあるので参考になる。

http://www.inaturalist.org/observations/25781927

http://www.inaturalist.org/observations/38916664

http://www.inaturalist.org/observations/106463536

http://www.inaturalist.org/observations/116129759

http://www.inaturalist.org/observations/40708091

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(Valdivia山の個体群は私の手元にある資料でも2型ある。一時期はデータの不備を疑っていたが、真相は原産地からの多数のデータから理解出来た。地域変異でしかない)

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("C. grantii holometallicus"のパラタイプラベルが付される個体。記載文が出版されて間もなかった頃、オファーを受けた友人を介して入手した個体だった。其の後年に妙な高額で大量に出回った。画像を見ても分かるようにエリトラの光沢は強いといっても大した事は無い)

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("form rubra"として入手した個体。赤味の強い個体が多いチリ・アイゼン産。エリトラのツヤは強い方)

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(ツヤのある大きめの個体群。手前♂などはチリのChaiten産とある)

 希少と言われていた筈の上翅の光沢が強い個体群の方が多く記録される。別にどの色が珍しいとかというのもピンと来ない。全体的に普遍的。

http://www.inaturalist.org/observations/56378468

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(アルゼンチン産は光沢が強い傾向のある個体が多いが、そうでもない個体も見られる)

 上翅の光沢以外にも顎の下部突起などで形態的な傾向はあったみたいだが全部ひっくるめて地域変異である。

 亜種とするだけの特徴が全く見つからない。

 Paulsen氏のシノニム処置は妥当である。

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(80mmクラスを越えてくると基本的にツヤ消し傾向になる)

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(中型のツヤ消し個体群)

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(小さい個体は"Cpygmaeus"と呼ばれたが単に型である。画像♂個体は27.1mm。光沢の強さは中間的)

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(「Hiroki Matsubara, 2004. 【北南米大陸甲虫紀行】〜北の果てから南の果てまで〜総天然色の大地を駆る. 最終回『北の大地・パタゴニア』Kuwata, No. 18.」より引用抜粋。とある場所の樹の下に沢山の死骸があったらしい。写真に映る殆どの個体で光沢が強いが、"擦れ"では無い生物的形態としての艶消し個体も見られる)

 "C. grantii holometallicus"の原記載者は商売っ気の強い人間だったらしく、パラタイプラベルの付いた個体が大量にある割に高額で売られた。もう一つChiasognathus属に関する此の人物の作った分類群があるが眉唾物であった。原記載者らしき人物は以下ページで、あまり研究者らしくない姿勢や態度の会話をする。

https://insecterra.forumactif.com/t29159-lucanus-cervus-major-minor

 そもそも"パラタイプだから高額で売買して良い"と考えて単なる変異に無理矢理学名を付けようという魂胆が煩わしい。此処ではマトモに参考文献欄に入れようとも思わないが、原記載論文も高額な文献を買わねば回りにくいようになっていた。"なんでもかんでもカネにしようとする態度"は科学的な姿勢から遠ざかる。

 大した調査もされていないのに高額売買されようとしているものを懸念すれば、やはりこういう結果が容易に出てくる。

【References】

Stephens, J.F. 1831. Description of Chiasognathus grantii, a new lucanideous insect forming the type of an undescribed Genus, together with some brief Remarks upon its Structure and Affinities. Transactions of the Cambridge Philosophical Society 4(2):209-219. https://books.google.com/books/about/A_Description_of_Chiasognathus_Grantii_a.html?hl=ja&id=Es0nAAAAYAAJ

https://apps.apple.com/jp/app/inaturalist/id421397028

https://unsm-ento.unl.edu/Guide/Scarabaeoidea/Lucanidae/LUC/CHIA/grantii.html

Hiroki Matsubara, 2004. 【北南米大陸甲虫紀行】〜北の果てから南の果てまで〜総天然色の大地を駆る. 最終回『北の大地・パタゴニア』Kuwata, No. 18.

【追記】

 標本商の友人と話題になった事もあるが「欲かいとる奴はふっかけよるよなー」という感想であった。私は売人でなくて良かった。こんな怪しげな記載の学名で、しかも高額で売りつけていたら悪質な詐欺と変わらない。