【Memorandum】タイにカスタノプテルスマルバネクワガタはいるのか

 今回のタイトルについて、ちょっと知ってる人の中には「何を阿保な。図鑑に掲載あるでしょ」と思う人達がいそうな予感がする。しかし少々難しい問題にぶつかったため記事にしておく。

 私がカスタノプテルスマルバネクワガタのグループについて熱くなっていた頃、標本商の友人が図鑑を見て「チェンマイにカスタノプテルスがいるなんてびっくりした」と仰った。しかし私は即座に違和感を覚えた。何故なら其の標本商の友人は独立起業前からタイに何度も赴き、チェンマイ産のクワガタムシを大量に扱ってこられていたからである。

f:id:iVene:20230809201357j:image(「Mizunuma, T., & Nagai, T. 1994. The Lucanid beetles of the world. Mushi-Sha Iconographic Series of Insects. H. Fujita Ed., Tokyo 1:1-338.」より引用。"タイ産"とされるカスタノプテルスマルバネクワガタ)

 一応図鑑では亜種名が付けられていたりしたが、カスタノプテルスの亜種にタイを基産地として記載されたものは無い。

 とんでもない希少種とも考えにくく、分類屋の友人にも問い合わせてみたが、やはり見た事がないらしい。

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 私自身、過去にドイツ人標本商から取り寄せていた"タイ産カスタノプテルス"を一応キープしていたので、他産地のものと見比べてみた。いやあ、インド北部ダージリン〜ネパール産と全く見分けがつかない。。よくよく見れば、図鑑の"タイ産"もダージリンやネパールの個体群とハッキリした違いが見られない。。

f:id:iVene:20230809201303j:image(ドイツ人標本商から調達した"タイ産"ラベルだった個体。誤データである可能性が高い)

 標本商の友人に再度確認してもらうとタイ産はやはり他で見た事が無いらしい。ebayでマレーシア人が1ペア誤同定で其れらしい"タイ産"を出品していたが、どうも其方はミャンマー北部産と見分けが付かない。だが標本商の友人によれば、其のマレーシア人の出品にある"タイ産"は出元に思い当たる節があるらしかった。曰く"誤データの可能性高し"と。

 図鑑の個体群はどういうルートで来た個体群だったのかは全く分からない。図鑑掲載等のデータは誤りで、タイにはカスタノプテルスマルバネクワガタがいないかもしれない。

【追記】

 データの真偽を見極めるというのは、こういう場合だと無謀な挑戦になりやすい。だから採集からやり直した方が早いという話になる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%98%E6%9D%BE

【雑記】

 某博物館がクラウドファンディングを募っていた話が紛糾していた。光熱費等が値上がりして設備維持費が不足しているのに、追加支援金が認可されなかったとか。其れにしては唐突な救難信号に聞こえる。

 原因となったウクライナ問題の影響については、春先には情報が回っていて方々で対応が余儀なくされていた。なのに今まで某博物館の必要経費の追加支援が認められなかったなんて話はとんと耳に入ってこなかった。

 科博によると、コロナ禍や物価高に伴う追加の財政支援は認められなかったという。
https://mainichi.jp/articles/20230807/k00/00m/040/162000c

 ニュースの記事だけを読むと、何故必要経費が追加支援で認められないのか意味が分からなくて怒り出す人達も出てきそう。資料の買取が高額で厳しいからクラファンしたいとかなら解るけど、なんで光熱費とかの必要経費でクラファンする話になっているのか。本来ならば軽く流せるような話ではない。流石に"異常事態過ぎる"だろう。

 しかし一方で、博物館の人達は理不尽に対して憤慨した様子もなく、既に牙を抜かれたように萎びた様子で気迫も無く理不尽を受け入れている。一体どうしたのか。

文化庁の担当者「コロナで減った入場者数も戻ってきていますし、国としては必要だと判断した場合には措置をしていきたい」https://news.yahoo.co.jp/articles/fa7722b9b5d87bfb7268b096c022e6e2d2b55dda

 8/2のニュースでは"文化庁の担当者"が対応に協力的な話という感じ。クラファンは議論の末8/7に始まった。"文化庁の担当者"に近い人がクラファンをするよう博物館の人に勧めでもしたのかな。

 しかし同様に物価値上がりの影響を受ける他の独立行政法人だと、こんな馬鹿な話は出てきていない。全て春先には対応されていたと考えられる。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA05ACE0V00C23A6000000/

 独立行政法人というと年予算が数千億円レベルの所まで幾つもあって、予算決めはルールがあるので其れに従って行われる。

https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2022/seifuan2022/25.pdf

 そんななか年予算が約30億円規模の独法で、数億円の"必要不可欠な経費"でトラブっているというのは何か不自然な状況に聞こえる。春先から夏場まで碌に此の事態の情報が回らなかった事も何故だったのか。

https://twitter.com/ichrw/status/1689185528217059329?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw
(博物館側は、こういうお役人にどれくらい抗議したの?怒らなかったの?お役所仕事だったのは博物館もだったからなの?節電出来る部分ならまだしも、資料の保存に必要だから節電しちゃいけない部分ではなかったの?)

 此の件の経理と関係各所の組織運営は一体どうなっているのか。此の対応は一歩間違えば大損害を被るという話になりかねない。なのになんでクラファンみたいな博打打ちの話になっているのか。

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 某博物館が斯様な対応を迫られた理由は何だったのだろうか。もしかして、博物館側が事務対応でミスしたのをリカバリーするためのクラファンだったとかじゃないのかな。何にしても妙な話に聞こえる。不都合な真実が隠されているかのよう。

f:id:iVene:20230810073332j:image(分類屋の友人より)

https://twitter.com/satetu4401/status/1688693435661012996?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

https://twitter.com/satetu4401/status/1688701827276226560?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

(現状を見る人達の中には、こう考える人達もいる)

、、、、、

 およそ40年前「ヤンバルテナガコガネ」を新種として記載する根拠となった標本がこの「タイプ標本」です。
 国内外のどこかで似たような昆虫が見つかった場合は、同じ種なのか別の種なのかをつきとめるためにこの標本と比較する必要があり「同じグループの甲虫を研究するなら、世界中どこからでもここに見に来なければならない」と説明してくれました。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230807/amp/k10014155491000.html

 上記引用のようにニュースのなかで妙な言い回しが見られたから疑問なのだけど、ヤンバルテナガコガネについて"博物館にタイプを観に行かないと同定出来ない"とすると、"不明種"として密猟する人達が現れないかな。「いや〜、別の種類だと思って毒瓶に入れたんだよね〜」なんて一市民の言い訳が通ってしまいそう。そういうのを抑制する手段はあるのだろうか。

 あとタイプ個体は、識別可能なような画像を博物館が公開しておけば、画像参照者が同定に利用出来るのではないの?見に行かないと分からないなら、原産地付近住まいなどの博物館に行かない大多数の人達の同定識別の認知的問題はどうなるの?説明が要るなら最初からしておく必要があると考えられるが。

https://www.meiji.net/business/vol135_nobuyuki-demise

 "博物館にタイプ個体を観にこない人達は誰も対応する分類群を同定出来ない"だなんて話、本当に偉い先生が仰られたのだろうか。他分類群でも其れをやってない論文著者は大量にいるけど。

https://twitter.com/payo_kun/status/1689261297853255680?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

【追記2】

(前略)27億円をかけて新たな収蔵庫を建設しているが、資材の高騰や光熱費の上昇などで費用が不足。クラウドファンディングに至ったのだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/fb9f95d770550690e14e4bd69eb784ec8d53be3d

 科学研究に"計画性"を求めるのは科学への無理解だし酷な話だろうからしないけど、収蔵庫の工事は後回しに出来る話だろう。こういう状況下で後回しに出来る話と緊急の話を絡めると計画性の無さが浮き彫りになる。