【Memorandum】1990年代〜2005年頃に日本で見た"世界のクワガタムシ"

 (2023.July.26th.記)最近某SNSに"コミュニティノート"なんて機能が付いたらしい。見てみると論文の査読によく似る部分がある。扇動的なSNS投稿や査読よりも大人しい補足文章が明瞭な場所に貼り付けられるシステムは特徴的。各々懸念されるノートの信頼性自体が完全なものではなくとも、扇動的な投稿を知識武装の無い無防備な読み手が理性的に読む機会を与えてくれるというメリットは考えられる。

https://communitynotes.twitter.com/guide/ja/about/faq

 しかし一部のイデオロギーの人達には結構不評らしい。元々信頼性の低いSNS上に新しく付いた程度の機能であるのに、其の信頼性を問う人達もいて不思議だった。査読の無いSNSで査読の重要性を説く人達に対する違和感に似る。

https://twitter.com/himasoraakane/status/1682396603523686400?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

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 対して平成初期以前は社会全体が今よりも理性的だった覚えがある。虫業界もあの頃が一番悩みが少なかった気がする。

 "90年代の虫業界を見てきているかいないかで虫に対する感性が全然違う"なんて、最近の人達が共感を得にくい懐古話を友人達と偶にする。虫業界の"黄金期"は定義が曖昧な概念だが、私みたいなのからすると1990年代から2005年辺り迄の事という感覚がある。"黄金期"が来るまでの時代は、そこまで一般的ではなかった覚えもある。

 日本で世界のクワガタムシを扱い出したパイオニアというと間違いなく戦前から没頭されていた稲原延夫氏であるが、今代とは違ってインターネットも無く情報の集めにくい当時に様々な方法を駆使して世界中の虫を集めた人達はかなり稀だった。稲原氏をよく知る分類屋の友人もまた稲原氏に習い同様の方法で集められたらしい。

 90年代初期、そこまでクワガタムシに興味を持っていなかった私は、とある図鑑の或る写真を見て深い興味を持つようになった。"アフリカアカクワガタ"という和名で掲載の有ったサバゲノコギリクワガタの写真。日本のクワガタムシには見られないような整った体型で更に目を惹く模様に刺々しい大顎である。今は普通種だが、当時は一般的では全くなかった。

f:id:iVene:20230725221718j:image(「阪口 浩平, 1983. 世界のカブトムシ (小学館の学習百科図鑑 (40))」より引用)

 当時は庶民的な図鑑というと此れくらいで、日本にいる代表的種数を考えれば、外国には此の図鑑に載っていないクワガタムシが更に沢山いるのだろうと想像を膨らませられた。インターネットも殆ど普及しておらず、此の図鑑を延々と眺めるばかりだった時代。しかしこれが私のクワガタムシ科分類考察を深める大きなキッカケになってくれた。

 後に聞いた話だが、標本商の友人も同時期に全く同じ写真で"外国のクワガタムシ"に興味を抱いたらしい。世界のクワガタムシの未知性・多様性は、かの図鑑のみで充分我々に伝わった。標本商の友人は採集に力を注ぎ込む虫屋になられた。

 外国産昆虫類生体も日本に大量に輸入され、今はあれから随分時間が経った。それはまぁ其の時以前から継続している人達と、其れ以後の人達では感性は異なるし、差が出るようになって当たり前。当時はヒマラヤ、中米〜南米、パプアニューギニアなど様々な所に採集に行く人達が沢山いた。そういう人達の童心を動かしたのは、今の世の中では味わえないような広大な展望、そして其れに対する浪漫があったろうように推察する。

 業界の盛り上がりは2004〜2005年頃に失速したが、様々な問題が原因していたような覚えがある。段々と扱われる種数も増えて庶民にとってマニアック過ぎるジャンルになっていった事や、インターネット上での取引の出現、また様々なトラブルを齎した事など。まぁずっとお祭り騒ぎしていたら疲れも来る。古株の人達は後発的に流行った便乗コンテンツにも大して興味を持たれなかった。眼が肥えていた。

 黄金期というのは"初見"という感動の嵐が吹き巻いた時代だった。其れはまぁバブル崩壊後とはいえ結構盛り上がっていた(バブル崩壊直後だったから今よりは未だ余裕のある時代だった)。あの雰囲気は再現どころか似せる事すら今やかなり困難だろうし私的な感覚だが、1990年代はやはり1番良い時代だったような覚えがある。当時の熱狂の渦には大きな力を分けてもらった。今なおそう考える。

【Reference】

阪口 浩平, 1983. 世界のカブトムシ (小学館の学習百科図鑑 (40))

【追記】

 熱狂を受け継ぐ魂といえば、例えば標本商の友人は昔から他の人達には真似出来ないようなノウハウで活躍され、私なんかは火山学者のクラフト夫妻を連想するくらい(心配事のボヤきをぶつける事もある)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%88%E5%A4%AB%E5%A6%BB

 しかしそういう努力の跡も今の時代だと膨大な情報の海に埋もれてしまう。かけられる労力は明らかに他とは別格でも、其れを知るにも経験が要る。

【近況】

 論文が出ていたらしいが、今回は敢えて検証記事を書かない。こういう体裁の論文について、恐らくわざわざ検証記事を書く意味がもう無い。

https://evolsyst.pensoft.net/article/104597/

 "最初の1個目だけはクワガタムシ科の可能性が高い"とだけ。妙な先入観を持たないようにして読む事が効率良く論文の問題点を見つけられるコツ。