【Memorandum】 "Figulus trilobus Westwood, 1838"はNigidius属なのか

 オーストラリア産Figulusの不足分を補充していた頃、見慣れない個体群があったから調べてみると其れ等は"Figulus trilobus Westwood, 1838:トリロブスチビクワガタ"であるらしいと知った。希少性は不明瞭だが普通種ではなさそう。

 当時、分類屋の友人に意見を求めると"持っていない"との事だったのでとりあえず有るだけ調達する事にした。代理で入手した分を友人に手渡し、自身の分は暫く放置していると、友人から「これはNigidius属かもしれない!交尾器もNigidius属の雰囲気に似る」とやや興奮した様子で連絡をいただいた。友人はNigidius属を好んでよく調べてられる。

f:id:iVene:20231219212340j:image("F. trilobus"、雌雄差は殆ど見られない)

 "Figulus trilobus"の大顎はNigidiusらしくなくFigulusに見えるものの、手元の個体群を調べてみると確かに大顎以外の体型(前胸、上翅表面構造等)や交尾器はNigidiusによく似る。Genus Nigidius Macleay, 1819:ツノヒョウタンクワガタ属というと大顎外縁から湾曲しつつ突出する"ツノ状突起"が特徴的であるから体型の違いは印象から抜けやすい。そもそもFigulus属とNigidius属は近縁で触角の発達は殆ど変わらない。

 しかしオーストラリア大陸Nigidius属とは、と自身も友人の考察結果を聞いてどうにも高揚した気分だった。

 アフリカやアジアで繁栄するグループが、いつどうやってオーストラリアに辿り着いたのか。Figulus属はオセアニアでは広く分布が見られるがNigidius属は他に全く記録が無い。オーストラリア大陸東部で孤立したような分布をする小型種とは面白い。

 あるいは一般的に知られるNigidius属種群とは別に遠縁のチビクワガタ属系統から収斂してNigidiusと似るよう変化した可能性もあり得るか。しかし其れなら外形だけでなく交尾器もNigidius属にそっくりというのはどうなのか、此の仮説はにわかに信じがたい。

 結構な高確率で考えられるのはインド亜大陸オーストラリア大陸が繋がっていた時代に侵入した1系統が今まで生存していた可能性。そう考える根拠は"Figulus trilobus"の大顎の発達が乏しい事。Figulus属から派生して間もない系統とすればかなり古い時代の分岐と考えられるし、其のくらい古い分岐でないと整合性がつきにくくなる。"F. trilobus"がNigidius属の直接の祖先系統に近くとも、アフリカ〜アジアのNigidius属系統群から派生したものではない可能性も高くありうる。ともすればいくらNigidius属の祖先でも遺伝子系統樹だとFigulus属に近くなるのかもしれず、遺伝子系統樹は此の分類にはあまり正確な考察には使えないかもしれない(近縁種が殆ど絶滅していて系統関係を調べるために必要なデータが多く不足する可能性)。

 "F. trilobus"の自然生息地には他にも原始的なクワガタムシ科分類群が多数見られ、同地で比較的安定した自然環境がどれくらい長い期間続いてきたかなんとなく解る。此れは面白い考察になる。やはりクワガタムシ科の進化・分化は類推でも壮大なロマンがある。

【References】

Westwood, J. O., 1838. Lucanidarum novarum exoticarum descriptiones, cum monographia generum Nigidii et Figuli. The Entomological Magazine, 5, 259 - 268.

Monte, Cinzia, Zilioli, Michele, Bartolozzi, Luca, 2016. Revision of the Australian species of Figulus MacLeay, 1819 (Coleoptera: Lucanidae). Zootaxa 4189 (3)

MacLeay, W. S., 1819. Horae entomologicae: or essays on the annulose animals. S.Bagster. London Vol.1 Part 1:1-160.

【追記】

 分類学というと区分:グルーピングが必須の作業になる。とするとベン図が結構便利で、種概念の階層を考える時も頭の中でベン図を描き区分ごとに分類を考えるイメージを構築すると作業が効率的だったりする。

 生物学的な遺伝子機能の機序を考えるにも命名規約の論理読解をするにも数学的な"集合"の考え方は必須であるため此れもベン図を使うと効率的に考察出来るようになる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%86%E5%90%88

 とりあえずでも区分の図を描いてみると誤解している部分なんかは違和感のある絵として浮かび上がりやすいから誤解の修正にも役立つ。

https://x.com/che_syoung/status/1734925884677833134?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

https://x.com/dirg_rocketdyne/status/1733549354164834691?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 私がベン図を利用し始めたのは確か高校生だった頃、数学で"虚数"と"実数"の違いが分からず、当時大学に通っていた先輩にベン図で説明してもらい簡単に理解出来る事を知ってからだった。"こりゃあ便利"と何にでも応用していくようになった。

https://x.com/keyneqq/status/847060746076774401?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 データの信頼性考察についても実は応用が効く。採集家のデータは実数的、転売屋のデータは虚数的、なんていう風に。

https://sp.m.jiji.com/amp/article/show/2973044

https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/maneron/manetop.htm

https://jp.quora.com/%E6%8D%95%E3%81%BE%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%AE%E8%A9%90%E6%AC%BA%E5%B8%AB-%E3%81%AE%E3%81%82%E3%81%A0%E5%90%8D-%E3%81%AF%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%B3%E8%A5%BF%E9%87%8E

f:id:iVene:20231219223903j:image(虫業界の有り様について議論中、標本商の友人は時折痛烈な皮肉を仰る。いやあ其の胸懐には同感でしかない。転売屋など山師とどう違うのか)