【Memorandum】"ベトナム産"サワイコクワガタの謎

 サワイコクワガタDorcus sawaii Tsukawaki,1999というと中国で初めて見つかった変わったクワガタである。そしてベトナムゲアン省からもという事で亜種名:Dorcus sawaii norikoae Tsukawaki, 2011が記載された事がある。しかしベトナム亜種に関しては中華鍬甲2にてファン氏らにより「差異が微妙すぎる」としてシノニムとされた。

 サワイコクワガタに関して言えば、私はファン氏らのシノニム処理に賛同する。

 そもそも"ゲアン亜種"の原記載からして納得しづらかった。

 私自身、中国福建省三明市の個体群(飼育個体)をキープ、その後「ベトナムゲアン省産が1♀齎された」という事で、私も"WF1の飼育個体"のみ入手した。とはいえこれだけでは少ない。

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福建省産)

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("ベトナム・ゲアン産")

 飼育で増やされ其れなりの"ゲアン産"サワイコクワガタ・コレクションを築いた分類屋の友人に"ゲアン省産"飼育個体群を見せてもらうとヴァリエーションが幅広い。友人は中国産に関して小型の野外個体など持たれていたが大型などは揃えてられず、私の手持ちと比較した。どう頑張っても見分けが付かない個体が散見される。これはシノニムである。

 しかし問題はここからである。ベトナムからサワイコクワガタなんて他のルートからは見た事が無い。ebayに出品されるベトナム産クワガタを大量に見てきたが、サワイコクワガタベトナム人により出品された事は一度も無い(彼らの一部は普通種もリリースせず全部売るらしい)。

 繁殖は容易とされ、日本国内では大量に出回ったが、野外個体のベトナム産サワイコクワガタを見た事を私は一度たりとして全く無い。ゲアン省の近くならばハティンを含むゲアン周辺で、今まで多数の昆虫がebayで陳列された。"人工繁殖は容易なのに自然界では有り得ないほど希少"というのは違和感が凄い。

 中国産については過去に中国系bbsで散見した。

 しかし原産地の事など上の空のように考えている人達は"ベトナム産"を鵜呑みにしてきた。

 ベトナムからサワイコクワを入荷したという業者は過去に"南ベトナム産ヌエクワガタ"や"マレー半島産クルビデンスオオクワ・亜種ババ"などクエスチョンを付けたくなるような虫を宣伝している。今までどれだけの採集人が其の産地を調べたと思っているのだろうか。。

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(「KUWATA NO. 20. 2004年11月号」より引用抜粋)

 危惧する事は其の業者の経営する店内辺りで福建省産サワイコクワガタ飼育生体個体がベトナム産の輸入分を管理する所に混ざった事であるが、彼らは商業目的で虫の売買をやっているため疑惑をマトモには認めないと考えられる。まぁ依然としてデータの蓋然性は低いままである。

【References】

Tsukawaki, T. 1999. A new species and a new subspecies of the genus Dorcus from East Asia. Gekkan-Mushi 341:6-7.

Tsukawaki, T. 2011. Notes on some stag-beetles from Indochina, with description of two new taxa. Gekkan-Mushi 486:13-18.

Huang. H. & C. C. Chen, 2013. Stag beetles of China II. 716pp., 140pls., Taiwan.

【追記】

 サワイコクワガタの記載者は2学名とも日本国内にいる同一人物である。見た目からして新種発表時はマニアの目を惹いた。

 後年の"ベトナム産"については、おそらく件の業者が調査を依頼し、記載者は少量の資料を使いバイアスがかかった状態で学名を出版してしまったのだろうと考えられる。

 新分類群の発表を沢山している人達には、そういう新種記載執筆依頼がよく来る。依頼内容は大体の場合で商業的だったり売名だったりと脱力感の大きい話が多く、体面を保てられてなかったり、場合により生物学や規約の理念から外れる。騙されて後悔している記載者や被献名者もいる。私が新種記載で献名する場合は必ず前もって本人に許可確認を取るくらいシビアにやってきている。

 だいたい商業的な理由で発表された学名は記載に至った背景もカネ目的とダサい。センスが壊滅的である場合も散見される。一方で私の氏名が献名された学名が記載された折には散々「ダサい学名は如何なものか」と揶揄され業界人の人間性を疑った事もある。しかし其れより商業的な学名の方が明らかに下卑ていると私は考える。

 私は基本的にボランティアで新種記載してきた。見返りが虫である事もあるが必要以上には要求しない。金銭は絶対に受け取らないし、"パラタイプの換金"もしない。怪しげな記載をしてしまうと「なんの為に科学的活動をするのか」という部分で、ある意味正当なバイアスで疑問を持たれるのは仕方がない。商業的な記載は科学的矜持を損なう。研究者のみならず研究チックな事をするならば"御用学者"みたいに揶揄されるような人間にならないよう気をつけなくてはならない。威勢はよくとも為政的に見られる。