【Memorandum】Dynastes hercules baudrii Pinchon, 1976の分類について

 色々問題のあった分類群Dynastes hercules baudrii Pinchon, 1976の処遇だが1978年にPinchon自身がセントルシアの個体をレクトタイプに選んでしまっていた事が分かった。これはレイディの記載者シャルメアとの喧嘩みたいな論争が原因だったのだが結局シャルメアの持ちだしてきた"アルキデス"はタイプ標本を見れば違うかったし(別亜種の小型)セントルシア島産がDynastes hercules baudriiであると論文で国際動物命名規約に従い指定されていた。

 Pinchonによる Dynastes hercules baudriiのタイプ シリーズはレクトタイプが指定されるまで「シンタイプ」という立場であってホロタイプが指定されていなくとも命名規約に反する事は無い。 だからセントルシア島産をホロタイプで記載された"レイディ"という名前がシノニムという認識で最早完結した。

https://science.mnhn.fr/institution/mnhn/collection/ec/item/ec4069

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(「Pinchon R., 1978 Note sur Dynastes hercules baudrii Pinchon (Col. Dynastidae). Bulletin de la Société entomologique de France, 83 (5-6): 149

150.」より引用)

 此の論文については、私も過去ながらく誤読してしまっていた。正確な情報を此処にメモする。

【References】

Pinchon R., 1976-Le Dynaste Hercule dans les Petites Antilles. Fort de France : R. Pinchon, 25p. + X pl.

Pinchon R., 1978 - Note sur Dynastes hercules baudrii Pinchon (Col. Dynastidae). Bulletin de la Société entomologique de France, 83 (5-6): 149 150.

【追記】

 この話題に関しては結構前に標本商の友人と話していて公開すべきかどうか悩んでいた。結論としては、新参研究者が純粋な資料を求めるならば原産地での調査が改めて必要だろうとしている(後述)。

 本件について危惧しておかねばならない事は、セントルシア島とマルティニーク島の個体群が、日本では混ぜられた状態で認識されているケースが多いという事。そして多くがヨーロッパ諸国や台湾、中国、韓国などに日本の飼育個体が流れ、野外個体として高額売買された形跡がある事。

 セントルシア島産については今は無き奈良の某大手センターが輸入した生体個体群(少なくとも初期便。後期便は不明)が間違いなかったが、別な業者がマルティニーク島産を"セントルシア島産"として生体を流布。奈良の某大手からのセントルシア島産は私の目が届いていたWF2あたりまでは大丈夫だった。マルティニーク島産と思しき系統はWF4迄。それ以降は情報が途絶え、次に見えた個体群は既に知らない形態になっていた。

 残念ながらインブリードでは無い個体群が出回ってしまったため、分類研究が難易度を増してしまっている。

 単純な話をすればヤフオクその他で売買される個体群は信用ならない。某〇〇社の某商業誌、あるいは学研の図鑑等はこの問題を踏まえず誤データを流布した。

 ヘラクレスについてはアマチュア間で高額の金銭の関わりが付き纏うというあまり科学的姿勢からして印象がよろしくない近代歴史がある。飼育個体の氾濫、原亜種は規制され採集困難、野外個体は高く売れるからと飼育個体を野外個体と言って売りだす転売屋などが絶えない(いくつかの系統は飼育個体を見分けられるが、特徴が中和され紛らしくなって分からない個体もある。

 分類について研究しようとすれば、混ざっていないと確実に分かる個体群以外は使用してはならない。私のところで保管しているものは輸入初期当時に確保しておいた個体群があるから私にとっては大丈夫だが、市場に氾濫する個体群は研究には使用出来ないため新しい知見の客観的再現性を得るとするならば原産地調査が必須と考えられる。

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(変な話、亜種間交雑しうる分類群は飼育個体が氾濫するまでに入手しておかないと純粋な資料を集める事が大変になる。信じられる資料は原産地に採集に行かねばならない。氾濫してからだとデータも信用ならないとかでドッと疲れる。まぁ、端金で手に入るような物ではマトモに研究業で勝負なんて出来ないという事である)

 私が虫業界を知った頃はヘラクレスオオカブトそのものが日本国内では滅多に見られなかった。即売会なんかで売られていれば「凄い時代になった」と駄弁りが生じた。しかし今やピザでも注文するくらい軽い気分で飼育個体が手に入る。まぁ最近出回る個体群は研究に使って良いほど良質なものではないのだけども。

【追記2】

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(この広告にある105mmという画像の個体は明らかに合体個体。頭部のみ原亜種で他は亜種エクアトリアヌス。頭部が大き過ぎて前胸の関節部に完全にはハマりきっていない事が分かる。某センターの入手分も死虫には一部コンタミがあったようである事が伺い知れる。※ちなみに此処で生体初入荷と記述されている個体について一部誤読があるようだが、この某センターの退職社員M氏が齎した個体は私の手元にある)

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(引用元)

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(「くわがたマガジン No. 16. 2005.」より引用抜粋)

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("セントルシア島産"としての生体初入荷個体)